風門館 大人のための護身教室 日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 公式ブログ

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風門士情。父親達の日本拳法道。令和4年度春期春期昇級審査会より。田川郡福智町武道館。4月10日。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/watch?v=vX_KXGK2Xxw

 

時々、なぜ彼らは闘っているんだろうと不思議な感じを持つことがある。闘わせているお前が言うなと、叱られるかも知れないが。実に不思議だ。

 

千木丸氏49歳。八咫丸氏46歳。

 

この年齢で、防具付きとは言え、ガチでどつき合うのが信じられない。ちなみに、日本拳法道が採用している面を8オンスグラブで殴ると、面にグラブが食い込み、逆にエネルギーが逃げないので、頭に強烈な痛みが襲う。

 

私なんかは、その痛みが嫌で、現役時代は、6オンスで、素面・素胴のライトコンタクトと言うフルコンタクトで稽古していた。

 

歯が折れたり、鼓膜を破ったりが、起こりすぎるので、今は、普段のマススパーでも、面だけは付けるようにしている。

 

それにしても、よくやると感心する。私も、競技武道の世界に入ったのは、31歳と遅咲きだったので、遅れてきた青春の味は分かっているつもりだが、それでも、41歳になる2週間前に、現役を引退してから、アキレス腱を切ったり、腰椎狭窄症の手術をしたりと、入院生活が忙しくて、まともな組手をしないまま、防具納之儀を行ったので、最近の40代後半の門人達の動きに驚愕している面がある。

 

風門館では、決まりというわけではないが、門人の属性を聞かないという風習がある。

仕事・家庭・住所・思想・宗教、生い立ちなど、そういうプライベートな属性については一切聞かないし、話す必要も無い。

 

風門STYLEを学びに来ている。その一点が重要であって、それ意外のことには、無関心であることが風門らしさである。

 

しかし、長年、稽古に来れば、本人が語ることによって、少しずつ、その人の属性というのも知られていく。

 

そういう自然さが私は好きだ。

 

まだ、千木丸氏のことも八咫丸氏のことも多くは知らない。第一、20年来の門中である千手丸氏のことすら、さほど知っているわけではない。

 

ただ、三人とも父親であるということだけは知っている。

 

彼らの家庭の内実は知らないが、平均年齢46歳でこれだけ、殴り合える父親を持てば、子供らは誇りに思うだろうと勝手に推測している。

 

いや、多分、私がそういう父親が欲しかったので、そう思うのかも知れない。

 

私は、古術福光派第16世守人だが、父親に習ったわけではない。私の父親は、つまらない人間だった。こんな親だけにはなりたくない。それが、私の人生の起爆剤だったかも知れない。

 

親になったら、子供が、父親を誇りに思えるような人間になりたい。そういう強烈な願望はあった。

 

非力・小兵で弱視に近い強度近視。しかも、体が一般人よりも弱い。そんな私が、既に半世紀を越える武道人生を歩んできたのも、子供に誇られる父親になりたいと言う一念があったからであることは間違いない。

 

残念ながら、男子を二人授かりながら、二人とも武道に関心が無く、無念さは残るが仕方ないことだと諦めてはいる。

 

私も、31から41になるまでの、10年間。よく闘い続けた。それを、私の子供らがどう思っているのか聞いたこともないし、評価されたこともない。

 

しかし、男が、全力で打ち抜き合う闘いは、簡単ではないことを知っている。

 

千木丸氏と八咫丸。私からすると立派な父親だと思う。こういう父親を持っていれば、子供は誇りに思うのでは無いだろうか?

 

私は、こういう父親が欲しかった。

 

また、そういう父親でありたいと行じてきたが、尊崇の念はまったくないようだ。

 

二人もそうなのかも知れない。実際の所は分かるはずもないが、私は、子供が父親を誇らしく思える場をこれからも提供していきたいと考えている。

 

人に誇るべき父親を持たなかった私の願望は今も根強い。

 

2年ほど前か?秋月流の宮崎宗範が、私の家に真竹斬りに来たとき、あんた。なんで、こんな満ち足りた生活をしとるのに、あんなことをしたん?

 

と聞いてきたが、そう、私の職歴・学歴などを知っている人には、何故あれほど他流試合を闘い続けたのか?疑問に思うのが当然だと思う。

 

理由は、様々あるが、自分の理想とする父親になりたかったというのも強い。それも、成功せず、今度は、勝手に他人に自分が欲した父親像を作らせようとしているのではないかと思う反面。それのどこが悪いのかと思うところもある。

 

この二人の映像を見た時、私は感動で打ち震えた。

 

こんな父親が欲しかったのだ。

 

だから、多分、今後も、自分の欲した父親像を作るために私は、父親達の日本拳法道を撮り続けるだろう。