風門館 大人のための護身教室 日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 公式ブログ

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再生回数の謎。いきなり2位に浮上。福光流古術。蝶名掛けにまつわるエトセトラ。


風門館徒然 カーフキック 福智町武道館 2020・1・19

 

https://www.youtube.com/watch?v=dyQDJ4JnzWA

 

久しぶりに、風門の軌跡を書こうと、ユチューブの動画を人気順に並び替えたら、いきなり、この動画が、再生回数9624回で、堂々の2位に浮上。訳がわからん。見ての通り何の変哲も無い動画だ。

 

恐らく、タイトルのカーフキックが、検索に引っかかって伸びたんだろうが、まさか、こんな、カーフ以前のシンプル動画がここまで伸びるとは思っていなかっただけに、ある意味。ネット社会の怖さを知った感じがする。

 

このカーフキックと言う言葉を知ったのは、今年の正月くらいのことだった。それこそ、たまたま動画を見ていたら、最近の流行の技として紹介されていたのを見て、その言葉を知った。それで、早速、門中に指導したのがこの映像なのである。

 

ただし、私は、この言葉を知ったのは、今年の正月だと言ったが、技は、昔から知っていた。どういうことかというと福光流には、蝶名掛と言う技がある。相撲の丁名掛けと同じ技だが、蝶名と美麗に当て字している。これも福光派古術の独特の文化で、文字で技を隠すから、隠し文字と呼ぶ。

 

この蝶名掛とローキックが、私の中で、偶然混じり合い、大一番の試合で、1本取ったことがある。私の他流試合の中でも忘れられない一瞬だった。

 

平成10年(1998年)、私が40歳の時。場所は熊本。硬式空手全九州大会。この1回戦の相手が、けっこう因縁の相手で、それを破ったときの1本が、この蝶名掛だった。

 

具体的に言おう。相手は、九州産業大学空手部主将を務めたOB中のOB、飛び梅国体福岡県代表で、剛柔流4段(当時)。身長174センチ・体重75K。年齢が30代。いわば、全空連スタイルのエリートである。

 

対する私は、身長169センチ・体重62K(アマ・KBに出る関係で当時は、62Kで調整していた。)しかも、年齢が40歳である。この時の相手のH氏は、弟二人が、日本拳法道連盟の同門で有り、以前から知り合いであった。彼は、追い突きの有効性をしつこく言う人間で有り、流派が違うにも関わらず、我々に指導しようとするので、正直、めんどくさい人間だった。

 

私は、追い突きを否定するわけではないが、日本拳法道のルールでは、それほど有効ではない。UFCの登場以来、ようやく、日本でも、競技のルールが違うと技の有効性が違うという当たり前の事実が認識されてきたが、当時は、己の流儀が一番主義が横行しており、なかなか、他流と付き合うのは難しい時代だった。

 

しかも、一方は、関係者なら分かるが、全空連のエリートだから、我々のような地方の無名の親父などは、ゴミくずのような存在だったであろう。

 

彼にしてみれば、体重62Kの田舎の親父に負ける訳にはいかないだろう。しかし、一方、私も、地方の無名とは言え、日本拳法道だけでなく、豊前福光派古術第16世(むろんこの当時、そのことは隠していたので、それを知る人は皆無)と言うささやかなプライドがある。互いに、プライドを賭けた試合となった。

 

先に相手に1本取られ、その後、私が2本取って、この試合を制し、この全九州でベスト8になった。その取った1本が、実はインローと蝶名掛けの合作だったのである。

 

元々、私は、ローキックが得意だったのだが、特に、相手の膝裏を蹴るインローで、相手にダメージを与える戦法を好んだ。ところが緊迫したこの試合で、偶然出たのが、インローと蝶名掛けの合作だった。

 

相手のインに回り込みながら、相手のアキレス腱にインローを蹴りながら、足首が巻いた感じになって、まさに、インローと蝶名掛けの合作がコラボした。その結果。H氏。見事に尻餅をつき、そこに極めの突きを入れた(もちろん、寸止め)。

 

その時のH氏の驚愕の目が今でも忘れられない。彼も、芸法家だから、実戦なら、その一撃で、己が死んだことを理解したはずだ。そういう思い出が有り、それ以降、自分なりに蝶名掛け風ローキックを研究してきたが、それが、今の流行になっているとは知らなかった。

 

カーフキック。名前は新しいのだろうが、実は、こういう技を使っていた人間は多くいたのではないだろうか?私のような人間でも、22年前にこれを使い、相手を制した。

 

中身は一緒でも、名前を横文字にすると再生回数が異常に伸びる。蝶名掛というような名なら、再生回数も30も行けばいいほうだろう。流行の怖さである。

 

しかし、一方、その最先端の技を、福光流古術と言う田舎流儀をバックボーンとする風門館が持っていると言うこともある意味驚異である。

 

今様の日本拳法道との出会いが、古くさい、田舎くさい古術を脱皮させたとも言える。日本拳法道と古術の融合を我々は風門スタイルと呼んでいるが、技の蓄積、技法体系の精選さでは、それなりの自身を持っている。KBやブラジリアン系の総合に押されて、逼塞しているが、風門スタイルの精度を理解する人間は必ず現れると信じている。