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古術相伝10代目:仁平参之事

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古術相伝10代目は仁平(にへい)さんである。この人の武者振りもそうとう変わっている。
まず、言振り・武者振りとも何にも伝わっていない。

泳ぎが達者で、川漁を良くしたとだけある。スッポン・真鯉・うなぎ・どじょう・たにしなどを良く取り
家人喜んで食すとある。?なところである。そのとった、スッポン・真鯉などを池に飼い、食していたとあるから、現在で言う養殖を行い、ある程度成功したのではないかと思う。

田畑だけでは生活できなかった食糧事情を反映するための話なのかも知れない。

そして、スッポンを食す風習の謂われについて、伝わっている。

スッポンを、食す意味は、

1に鶴は千年、亀は万年という謂われから来て、亀の長寿の霊気を体にいただくと言われている。つまり、長寿と健康を願ってのことである。

2にスッポンは、いちど食らいついたら、雷がなるまで、話さないと言われていることから
勝負に対する執着心をいただくためと伝わっている。いったん勝負となったらスッポンのように
相手にくらいつき死ぬまで闘えと教えているのである。首を切られたら、首だけでも飛んでいき
相手に噛みついてでも、傷を負わせよと、怖いような話が続く。

ここらあたり、武家の武術とは相当感覚が違う。古術では、武家切腹というもの対して否定的な見解を述べる。古術は、生き残るための術であり、死ぬための作法ではないと説く。古術の最も理想とするところは、最悪の場合、相手と差し違えることにある。自らの命を捨てて、せめて一人たりでも討ちたてまつらん。それが、武者の道と教えている。

スッポンの執着心に学べと言うことであろう。

古術は、もともと<家守の芸>として、伝承されている経緯もあり、あくまでも、芸法手練の目的は
家族を守ることに主眼がある。家族を守るに当たっての最悪時は、自分が命を失うことにある。
それで、どうにもならないと判断したときのみ、相手と差し違えて、家族のものを逃がす時間を稼げと
けっこう激越な教えを説いている。

歌学や古学の影響を受けて、典雅な一面もあるが、何というのか、非常に生々しい泥臭い教えもあり
矛盾したことを言うのも、古術の発想法であるが、

これについても、陰陽論で説明している。この世には、陰陽2極あって成立してるのだから
両極端こそ真理というような考えを持っている。

従って、典雅と武者振りの両方あって、真理という考えを持っている。

このことを、荒魂と和魂の二つあって、始めて御魂となるいう風に、神道的な用語を使って説明している。

空手で言う剛柔の理論と似たような発想法かなと思う。

私は、子どもの頃から、この武者振りを聞いて育ったが、最近、文章にしながら
こういう武者振りの中に、古術特有の芸法理論とか、家を治めるために智恵のようなものを感じる。
単なる芸法だけでなく人生訓というか処世訓のようなものも多い。

人に伝えるとかが目的ではなく、一族の身と生活を守ることを主眼にして成立しているから
ある意味、等身大の話を残せたのかも知れない。

奇態な伝承と妙に泥臭い現実主義的な話が混在しているのも、恐らくは
荒魂と和魂のバランスを取ろうとしたのだろうと思うし、また人が、現実に生きていくためには
両方が要ると言うことなのだろうと思う。

話の真偽については、私もそれほど信用していないが、話の中身には考えさせられ事も多い。

そういう意味では、この武者振り伝えは、私にとって貴重な財産と言える。