https://www.youtube.com/watch?v=ka8zoY226EI&t=35s
風門館最終行法 荒行・他流試合100取り 福山三段奮戦す 第3回唐拳杯・第1回日本拳法道セィフティ選手権in唐津 無差別級決勝戦
2月、佐賀で行われた唐拳杯の4K動画の掲載をこのブログでしていないかったことに、昨日、気がついた。
最近、眼精疲労がひどく、稽古禄などを書けない時が、多々有り、しかも、試合に追われて、失念していたらしい。
風門館は、護身から競技武道まで幅広く稽古する団体である。しかも、多忙な社会人を対象としているため、週1回2時間の稽古で、その全てをまかなおうとしている。
となると、当然ながら、競技での勝ち負けに拘る稽古は不十分なことは言うまでも無い。
にも関わらず何故、競技武道にも選手を送るのかというと、我々に取って、競技・試合とは、勝ち負け以前に、一つの荒行だと思っているからだ。
そこらあたりの感覚がスポーツ的な価値観の人とは相容れない部分となり、離れていく人も多いが、仕方の無いことだと思っている。
我々の感覚は、スポーツと言うよりも、修験の感覚に近い。<覗きの行の一つ>と言うのが、我々の感覚だ。だから、一つの試合での勝ち負けより、何本取ったかに重きを置く。仏者の千日回峰行と感覚的に近い。
それが良いか悪いかは、各自の評価となるだろうが、私は、元々が、古術者だったので、その価値観のまま、日本拳法道を主戦場としながら、各種ルールで他流試合を執り行ってきた。その満願が100本取りだった。
弟子は師に似るという。福山三段も、この動画にある通り、派手にぶっ飛ばされながらも、6月も他流派を一人破り、10月の風門祭、11月の第34回日本拳法道・格闘FESTA2023in福岡武道館へ向けて、日々鍛錬を積んでいる。
私の門下に入って、20年程か?もしかすると100本は越えているのかも知れないと思うが、勝って奢らず、負けて腐らず。日々、淡々と稽古を積み、着々と戦場に備える。
風門館の修養訓に、<一日の負けは終日の負けに非ず、一日の勝ちは終日の勝ちに非ず。生涯修行を以て旨とすべし>とあり、その通り、実践していく。
実は、彼は、私が現役を引退し、しかも、アキレス腱断裂、腰椎狭窄症で手術した後、既にボロボロの体になった後の弟子のため、私の現役時代の試合は動画でしか見たことがない。
その中には、素晴らしい勝ち方をした試合もあれば、目も当てられないような悲惨な負け試合もある。勝った試合だけ動画でUPすれば、スポーツ的な価値観からすれば、かっこいいだろうことは分かりきっているが、風門館は、行者の集団である。
だから、手ひどい敗戦から立ち直り、再び、コートに上がる勇気を讃える。
日本拳法道連盟の賞状は簡略である。ただ、単に<健闘を讃える>とのみ記されている。最初の頃は、えらいあっけないなと思っていたが、競技を重ねねるにつれ、次第に、その言葉が好きになっていった。
あれこれ言葉などいらないだろう。ただ、勝っても負けても、<健闘を讃える> その一言に尽きるのではないだろうか?
風門は、弱小である。私も100本取ったが、勝率は50%程度だ。福山三段も、そのくらいではないだろうか?
しかし、仕事を持っている草の根アマチュア・しかも、彼は、既に45歳であることを考えると私は偉大なことだと思っている。
この価値観が理解できる、あるいは共有できる同志を探し、我々の行は日々淡々と続く。
風門館事務局 kirara.1958@gmail.com
代表福光まで。