日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 風門館公式ブログ

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士は、己を知る者の為に死す。<史記> 1975年の福光雲母。

令和2年度 第6回風門祭日本拳法道錬成大会 集合写真

士は、己を知る者の為に死す。<史記

 

昨今、多様性とか個性尊重という言葉をよく聞くが、本気で言ってるのかと私は疑っている。

 

そもそも、視聴率至上主義のマスコミが、多様性とか個性とかを言うこと自体矛盾している。視聴率とは、あるいは、発行部数とは、多くの人間に支持されているという証であり、むしろ、そこには普遍性があると言うべきではないだろうか?

 

なぜ、そんな話しを突然しているのかというと、私は、子供の頃から、少し変わった子で有り、周りとの異質感に居心地の悪さを感じてきたからである。

 

1958年生まれの私にとって、プロ野球の選手の名前を知らない。スポーツカーの名前を知らない。そんな子供は、その異質さを隠すために、適当に話しを合わせるかしかなかった。少数派は、どんな世界でも生き難いものだ。

 

少数派だったが故に、常に多数派であろうとするマスコミという世間が、漠然と嫌いだった。私のマスコミ不信は、そういう理由もあって、相当根深いものがあるといえる。

 

1975年、昭和50年。17歳の頃。多分、その頃だったと思うが、

 

「士は、己を知る者の為に死す。<史記>」という言葉を、漢文の時間で習ったような気がする。はっきりとしたことは覚えていないが、高校の漢文の時間に習ったのは、間違いないと思う。

 

好きな言葉だった。男なら、誰しも持つ感慨で有り、そういう生き様に憧れるのではないだろうか?

 

しかし、私の年代でも、漢文が好きとか言うのは、絶対的少数派で有り、極力、人に知られたくない秘密のようなものだった。

 

それほど、古めかしいものが、捨てられ、死語になっていく時代を生き抜いてきた。

 

「士は、己を知る者の為に死す。<史記>」という言葉が好きな高校生だと知られたら、今風なら、<キモイ>と言われるだろう。その当時でも、言葉は違っても、感覚的には同じ扱いを受けていたはずだ。

 

たまに、人から、なぜ、武道をしてるんですかと問われることがある。<まあ、そこに、山があるからみたいな。>と言って言葉を濁す。

 

私は知っている。世の中の人にとって、武道なんかをする人間は少数派で有り、すごいですねとは言われるが、実は、それほど、すごいとも思って無いというか、そもそも興味が無いということを。

 

そういう人に、武道について語っても時間の無駄なので、適当に、うまい酒やうまい料理の話しをする。

 

無難でいい。本当の少数派というのは、自己主張しないものだ。多数派の話に適当に合わせて、つまらない時間は、極力減らす。

 

私が、武道を未だに続けている最大の理由。それは、そこが、息ができる空間だからだ。他にも、様々な理由はいくらでも述べることができる。

 

しかし、本当の理由は、<そこに山があるから>とたいして変わらない。

 

「士は、己を知る者の為に死す。」と言う言葉が好きなんですと言ったとしても、少なくとも<キモイ>とは言われない。

 

唯一、息の出来る世界。金魚と同じで、口をパクパクさせながら、武道という空気を吸わないと死んでしまう。

 

だから、空手でも剣道でも合気道でもなんでも良かった。武道的な世界であれば、呼吸が出来る。

 

結果として、日本拳法道と鎌倉古流が一番長くなったのは、中でも、総合系武道が好きだというだけで、本質的には、武道的な空気が吸えればそれで良いと言うのが、本質である。

 

「士は、己を知る者の為に死す。」 今時、こんな感覚を好むこと自体、絶滅危惧種に等しいだろうが、それでも、そこかしこに、生き残っているはずだ。

 

風門館は、段・級の允可に非常に拘る。それは、段・級に才能とか年齢とかは関係が無いからだ。誰でも、稽古に通い続ければ、その稽古した時間の分だけ、報いる。

 

それが、日本拳法道連盟の段級である。そして、その、価値を、先に取った我々が一番知っているからである。

 

「士は、己を知る者の為に死す。」

 

同じ苦労を共有し合った者だかこそ、連帯も生まれる。仕事なら、金がそれに報いることになるだろうが、武道は、金が無い。与えられるのは、名誉しか無い。

 

わずか一枚の紙切れに過ぎない認定書だが、ぞこには、時間が詰まっている。

 

<士としての、あなたの価値を知っていますよ。認めていますよ。>

 

それを、言葉にすれば何文字かの紙切れ一枚で、認定する。

 

そこに喜びを感じるのなら、こちら側の人だし、そこに価値を見いだせないなら、別世界の人だろう。

 

別世界の人だからと言って、非難している訳ではない。我々、少数派こそ、口先では無く、肉体言語として、多様であることを求めているからである。

 

ただ、我々は、我々の世界観・価値観を共有し、認定し、

 

「士は、己を知る者の為に死す。」という、前近代的な言葉を口にしても、生きづらくない世界を守りたいだけである。

 

1975年の福光雲母に会えたら、言いたい。お前は、お前のままでいいからと。

 

昭和・平成・令和と元号も変わり、古めかしい言葉と価値観は、ますます絶滅危惧種になっているが、案外、仲間はいる。

 

だから、2022年の福光雲母は、

「士は、己を知る者の為に死す。」という言葉を、平然とブログに書けるまで、あつかましくもしぶとく生きている。

 

写真 第6回風門祭日本拳法道錬成大会 集合写真。

風門館徒然。種をまき、花が咲く日に。弦音丸氏・5級認定証書授与。田川郡福智町武道館。7月17日。

 

令和4年。7月17日。午前の部。晴れ。田川郡福智町武道館。

行者:千手丸氏・八咫丸氏・弦音丸氏。トライアル2名。

 

稽古内容:体術総合・体術護身。

護身:立て伏せ・匍匐前進・小走り。

風門館護身体術:鷲掴綾取表裏・十文字内・外回し小股掬い。

豊前福光派古術素手第三法・組討:大外刈・小内・大内・蹴手繰大内・腰車・鉢返

風門館当身拳法基本素振り12ヶ条。1本目~6本目。風神波

日本拳法道連盟制定形。横受けの形・差し受けの形。

受返稽古。5種×90秒。

有級以上とトライアルコースで遠当。60秒×2R

 

鍛錬手合L3.5 千手丸氏VS八咫丸氏。1分2R

鍛錬手合L1.7 千手丸氏VS弦音丸氏。1分1R 

撃込稽古・サンドバック。15秒1R

 

千手丸氏。60秒×16R。

 

書きたいことは山々あるが、全部書いていたら、書きおおせない。先般、安倍総理が銃で撃たれ死亡するという大変な事件が起きた。

 

しかも、選挙の遊説中である。つまり、これから、我々は、選挙の演説を聴いていたら、突如発砲されるという危険な時代に生きることになるのかも知れない。

 

銃に対しては、武道では役に立たない。私は、そう思っている。ただし、今回のケースでは、1発目と2発目の間に3秒あったとのことだ。

 

従って、1発目の流れ弾に当たらなかった場合。2発目は、回避することが出来るかも知れない。

 

出来るかどうかは、何の確信も無いが、風門館では、生き残るために、護身術を研究している。それで、立て伏せと、匍匐前進、ジグザグに走るための小走りを稽古した。

 

後、2週稽古するつもりだ。

 

さて、本題に入ろう。稽古内容についても、もろもろ書きたいことは山ほどあるが、本日は、新しい門人の門出を祝いたい。

 

音丸5級。46歳。武道・格闘技未経験で、昨年、12月に入会して、半年。昇級証書を、本日手渡すことが出来た。

 

半年間と、簡単に思うだろうが、この半年がもたない人間が多い。我々にとって、昇級証書をもらい、その日から同門になった人間を仲間として迎え入れることほど嬉しいことはない。

 

体験入門をしてから、半年後に、誰が、残るのか、神のみぞ知るの世界だから、我々としては、待つしか無い。

 

その間、毎週の稽古は祈るような気持ちだ。

 

あれ?あの人。もう来ないのかな?そんな思いを積み重ねて33年間やってきた。

 

だから、もらう方は、5級くらいでは感動がないのかも知れないが、渡す方は、涙ものである。

 

そのくらい、この最初の関門は大きい。

 

特に、未経験者の場合。周りが、経験者であることが多いので、潰れやすい。よく、残ったと思う。

 

次は、12月の茶帯昇級を目指して、精進して欲しい。

 

世の中の人は、たかが5級と思うかも知れないが、46歳未経験者・社会人が、ここまで来るのに半年かかる。

 

その半年間、段々痛い目にあっていく。風門館は、ゆるい稽古を売り物にしているが、本来は、アマチュアでも、ルール上かなりえげつない日本拳法道をベースに稽古している団体だ。

 

だから、ゆるいと言っても、毎週、茶飲み話で終わるわけでは無い。やはり、そこは武道。

 

無理・無茶はさせないが、段階に応じて、痛い目にも当然遇わざるを得ない。

 

それを、半年乗り越えて、初めて昇級する。

 

多分、本人よりも、先に進んでいる茶帯や黒帯の方が、この5級の価値を知っている。だからこそ、心から、一門として迎え入れるのだ。

 

私の夢は、黒帯5人による、風門5を達成することだ。過去、何度か達成したが、その度、黒帯が欠けていき、今は、風門2に落ちこんでいる。

 

しかし、9月に一人、黒帯と茶帯が誕生する予定である。弦音丸5級が、黒帯までもったら、再び、風門5が達成できる。

 

何にせよ、武道は時間がかかる。その時間を共有するから、絆も生まれる。

 

言葉だけの、仲間意識とか、絆とかは、私は、本物では無いと思っている。風門館の場合。5級の証書を渡すときに、拍手が起きるが、殊更に声などかけない。

 

たまに、そういうのに、不満をもらす人がいるが、先達は、皆、その価値を知り、心から喜んでいる。TVドラマのように、やたら、オメデトーとか、言わないだけだ。

 

昇級し、帯の色が変わる度、皆、しみじみと自分の費やした月日を思う。長くなればなるほど、感慨も深い。だから、拍手以外はしない。

 

それで、伝わると信じているからだ。

 

草の根・アマチュアは、武道だけすればよいという環境にはない。多忙な仕事をやりくりし、家族との行事もあれば、地域行事もある。

 

たかが、週1回、2時間の稽古時間を作るために、遊びなどは全て捨てなければならない。

 

その、費やした時間の重みが、この昇級認定書として、公にされる。関係者以外その価値を誰も知らないし、また、知る必要性も無い。

 

狭い世界でだけでしか通用しない手形だ。ただし、その手形の価値を知る者の中では、俄然輝く。

 

そして、それを知っている人たちは、概ね、口数が少なく、拍手以外しない。ただし、自分の言った言葉には責任を持つという覚悟を持っている。

 

その世界に仲間として迎え入れられる。私は、男の幸せは、それに尽きると思っている。

 

風門館事務局。0947・32・3550。代表福光まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本拳法道連盟 風門館 八幡同好会。7月15日(金)稽古。北九州市八幡西区市瀬公民館。隔週金曜日。19:30~21:00。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/shorts/cPdj_GRuCy8

 

日本拳法道連盟 風門館 八幡同好会。7月15日(金)稽古。北九州市八幡西区市瀬公民館。隔週金曜日。19:30~21:00。次回稽古日。7月29日(金)

見学可(事前に予約が必要です)。出稽古不可(会員の紹介があれば可)

 

動画は、昨日の八幡同好会の様子。

 

風門館は、元々は、八木山峠以東に、日本拳法道ルールを普及するために、私が結成した風門同志会が、その前身である。

 

特に、人口の多い、北九州市に進出したいと、過去、何度か試みたが、場所の確保・稽古する人間の確保が難しく、何度も撤退している。

 

私も、今から、33年前。田川同好会を作った経験があるので、よく分かるが、同好会を作るには、核となる人間、情熱と一定のレベルの技術のある人間がどうしてもいる。

 

そういう人間に巡りあわない流儀は滅び、そういう人間に出会った流儀は栄える。単に武道をやりたいとか、格闘技をやりたいとかなら、今は、何でも選べる時代だ。

 

その中で、あえて、なぜ、日本拳法道なのかというと、そこには、大きな魅力とポテンシャルがあるからだ。

 

今回、八幡同好会は、風門館の有級者3人からの出発なので、定着する可能性は高い。

 

日本拳法道は、一つの競技団体であるという性格と、一つの流儀であるという性格の二面性を持っている。

 

これに気がつくまでには、かなりの時間がかかり、三段以上にならないとその点が理解できない。それで、風門館では、三段取得までの独立は認めていない。

 

単に、競技団体としてみれば、日本拳法道ルールに参入障壁は、ほとんどない。試合に勝ちさえすれば良いというのなら、レスリング+KBでも勝てるし、空手+ブラジリアンでも勝てる。

 

私は、競技法としての日本拳法道を普及したいという気持ちも強いので、そういう参入の仕方を考えている人がいれば、同好会や支部結成のお手伝いをする気も、満々ある。

 

また、日本拳法道の乱取り競技をやりたいが、日本拳法道連盟にしばられたくないという場合は、九州武道連絡会議として付き合っている。

 

どちらでも、対応できる。

 

と同時に、風門館そのものは、流儀としての日本拳法道を守っていく。この流儀としての日本拳法道の意味が分かるまでには、三段にならないと無理なようである。

 

従って、風門館を名乗る同好会・支部は、流儀としての日本拳法道を守るための稽古をしていると考えて差しつかえない。

 

では、流儀としての日本拳法道とは何か?それは、日本拳法道形を徹底的にやるということに尽きる。

 

形の稽古の動画は、あまりUPできないため、普段の風門館の動画は、マススパーの動画が多いが、実際の稽古の95%は、基本・形・技の受け返し稽古である。

 

八幡同好会の稽古内容は、有級者が相談して決めているので、福智町武道館とは多少異なっているだろうが、そこらへんは、自由で良いと思っている。

 

何はともあれ。隔週金曜日で活動している、風門館八幡同好会は、風門館公認の同好会であるから、見学したいという場合は、下記へ連絡ください。

 

風門館事務局。0947・32・3550.代表福光まで。

 

 

 

 

 

九州武道連絡会議・合同稽古会inタフス道場。タフス道場。M先生による寝技講習会2 三角絞め。糟屋郡久山町。2022・7・3。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/shorts/L2os3_OOMnc

 

風門館は、寝技が得意では無い。だから、下になることが多い。そこで、欲しいのが、下から取れる決め技。

 

特に、この三角絞めは、私が、もどきしか教えられないので、是非一度、専門家にならいたいと切望していた。

 

今回の、合同稽古会の最大の目的が、正しい三角絞めを習うことだったので、目的は果たせた。

 

ただし、一回習って身につくくらいなら、苦労はしないので、今後も機会ある度に、この三角絞めを習いたいと考えている。

 

日本拳法道ルールの場合。下から取れる有効な技は二つあり、それが、裏拉ぎと、この三角絞めである。この二つができれば、まず、困らない。

 

拳法を名乗っているように、我々の場合、あくままでも、多局面に於いて、当身で決めるというのが流儀の本質である。

 

だから、三角絞めも決める力までは無くても、相手に警戒させるレベルまで行けば、合格である。それで、10秒稼いで、また立ち技からスタートし、当身で決める。

 

これが、本来の日本拳法道のあるべき姿だ。

 

ここで、実戦なら、寝技10秒とは限らないという意見が出てくるが、それは当然のことだと思う。

 

我々も、寝技10秒が、完全とは思っていない。だから、寝技が永遠に許される状況を想定するなら、日本拳法道だけでは、未完成であろう。

 

そこは、ブラジリアンや柔道に、行って磨くというのも個人の選択肢として有りだと思う。

 

そもそも、この世には、完全な乱取り法というのは無いのではないだろうか?また、実戦と言っても、想定される状況は様々なので、最終的には、武芸十八般の世界に行かざるを得なくなってしまう。

 

そこで、問題になるのが、昔の武士と違い、現代人は、職業を持っているということだ。仕事優先、家族もいる、平凡な一般社会人が、武芸十八般をやるとなるとほぼ不可能に近い。

 

だから、賭けるしか無い。最も必要なことから学んでいく。そう考えると、日本拳法道ルールは、かなり優れていると言えるだろう。

 

話しが、横道にそれてしまったが、三角締めの要領を口伝で習うというのは、貴重な体験であった。

 

タフス道場のM先生に改めて御礼申し上げると同時に、今後の指導も是非お願いしたいと考えております。

 

風門館では、防具式徒手総合武道・日本拳法道を中心に、護身・健身・修身の三位一体を目指して、形稽古・技の受け返し稽古主体で行いますから、年齢に関わらずどなたでも出来ます。

 

見学・無料体験入門も随時受け付けていますので、下記に申し込んでください。

 

風門館事務局。0947・32・3550。代表福光まで。

九州武道連絡会議・合同稽古会inタフス道場。タフス道場M先生による寝技講習会1。亀の起こし方。糟屋郡久山町。2022・7・3。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/shorts/ZOnm_8fjgM4

 

九州武道連絡会議・合同稽古会inタフス道場。タフス道場M先生による寝技講習会1。亀の起こし方。糟屋郡久山町。2022・7・3。

 

今回の合同稽古稽古会の目的の一つが、この寝技の講習会を受けることだった。

 

日本拳法道ルールは、打撃系総合ルールの中でも、寝技10制限という、組み討ち系には、不利なルールに一見なっているが、本戦2分。延長1分の中なら、何度寝技に持ち込んでも良いし、また、引き込みもありである。

 

また、寝技と言っても、関節や締めで極める必要は無い。押さえ込んでの空撃、横四方からの膝蹴り・空撃も、有効なので、10秒あれば、マウントを取って、あっと言うまに、面への空撃を決めることができる。

 

日本拳法道ルールでは、転がして、馬乗り固めからの面への空撃が、ある意味一番勝ちやすいパターンである。

 

このわずか、10秒の攻防が、勝敗を分けるため、立ち技しか知らない人間は、勝ちにくくなっているし、また、組み技・寝技しか出来ない人間も勝ちにくいようにルールが設計されている。

 

ある意味、現代競技武道・格闘技のどれにも偏りの無い、ルールだと思う。この他流試合をするには、最も公平なルールで、それぞれの流儀の特色を出して勝負するのが、日本拳法道の醍醐味と言えるだろう。

 

風門館は、私が、寝技をあまり知らないこともあって、寝技に弱いが、こういう機会がある度に、寝技の専門家から講習を受けて、取りあえず10秒しのげる力をつけることを目標に稽古している。

 

護身・組討・当身で、2時間の枠を使ってしまうので、なかなか、寝技までいかないのだが、今後も、機会があれば、寝技の研修を受け、道場でも稽古したいと考えている。

 

打撃出身の八咫丸5級と上羽丸6級には、まだ、講習会は早かったのだが、しかし、こういう講習会を経て、立ち技とは違う世界に触れることが出来、新しい世界を見た気分ではないだろうか?

 

防具式徒手総合武道・日本拳法道は、ベースは、日本拳法だが、実際には、かなり、現代式MMAに近いところがある。

 

防具付き打撃系MMAと言った方が分かりやすい部分がある。

 

打撃からも、組み技からも、総合へいく入門編として、日本拳法道は優れていると私は思っている。安全に他流試合をやってみたい人にはうってつけだろう。

 

関心のある方は、下記に連絡ください。

 

風門館事務局。0947・32・3550.代表福光まで。

 

 

風門之儀2022。風門スタイルとは何か?1998年のリング。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/watch?v=yype4iKx-Xs

 

上羽丸6級の自分の土俵では無いところで闘う勇気こそ。風門スタイルだと書いた。では、なぜ、私が、「かっこ悪い」映像に感情移入するかというと、私もそういう場を経て、経験値を手に入れてきたからである。

 

この動画は、1998年5月3日。私が、アマKBのリングに初めて上がったときのものだ。40歳の時。当時、40歳で、しかも、初のリングinは、かなり顰蹙を買った。

 

38歳で、グローブ空手に進出・67K以下級ベスト8。39歳の時、一階級落として、62Kのグローブ空手で三位入賞。

 

グローブ空手では、リングの怖さは分からないと言われて、それを確かめるために、アマKBのワンマッチ戦に臨んだ。62k以下級。ところが対戦相手がきていなかった。そして、66kも相手が来ていないから、どうかねと言われ、相手のことを全く知らずに、4k差やから、なんとかなるやろと思ったのが地獄の始まりだった。

 

しかも、この試合、博多のベイサイドプレイス?で、金を取るセミプロ的な興業の話しがあって、その出場選手を選ぶための選手選考会だったから、基本、プロデビュー前の選手しか呼ばれていなかった。

 

私も、そういうことは承知の上で出たので、簡単に勝てるとかは思って無かったが、ここまで、ぼこぼこにされるとも思って無かった。

 

本来、最初に喰らった膝で終わっていたのだが、10カウントに到らなかったため、立ち上がっては、ボコラれ、セミプロ的とは言え、金をもらうレベルのえげつなさを十分に体験させてもらった。

 

さて、どうして、わざわざ、こういう動画をユーチューブに流しているかというと、この動画をみて、かっこ悪いという人間は、欲しくないからだ。逆に、こういう動画を見て、かつ、風門館に来る人間こそ、私にとって欲しい人材であるからだ。

 

何かを得ようとすれば、何かを捨てなければならない。組み技・寝技素人の上羽丸氏も、投げ有り総合ルールを知ろうと思えば、当然、恥をかくことになる。しかし、その恥の上にしか、経験値は積み上がらない。

 

「闘わなければ、絶対不敗」という言葉があるが、その代わり経験値を得る機会を捨てていることになる。

 

風門館は、元々草の根アマチュアのサークルが、出発点である。私が、防具式徒手総合武道・日本拳法道の大会に挑戦するために作った田川同好会にそのルーツがある。

 

だから、今は、風門館といっぱしに名乗っているが、社会人の草の根アマチュア・サークルと言うのが実態である。

 

要するに、草野球のチームとノリは同じである。だから、入会金も取らないし、来たとき払い700円で運営している。

 

ちなみに、そのうちの200円は、場所代で有り、残りの500円が、運営費なのだ。

 

その500円も、今は、エキテンと、ネット広告の契約をしたために、月5500円を支払わなければならないので、私個人は、お茶代にもなっていない。

 

風門館の一番素晴らしいところは、この、私の掲げる草の根アマチュアリズムの徹底に共感してくれる仲間がいることだ。

 

風門館が、ネットでばんばん、動画を上げるのはもちろん宣伝のためだが、それは私の利益のためでは無い。誰でも、気軽に来て、来たとき払い700円を維持するためには、ある程度の人数がいる。

 

その、場所を守るために、皆が協力してくれているのだ。サンドバッグ・グラブ・防具なども、過去の仲間達が、辞める際に寄贈してくれたものが多い。

 

それを、新しい人たちが、使って稽古する。

 

そうやって成り立っているのが、風門館なのだ。

 

そして、何より、我々はアマチュア草の根だと言うことを冷静に認識しているから、他流との出稽古でぼこられた動画でも平然と公開する。

 

なぜ、そうするのかというと、経験値を得ることが何よりも最優先という考え方が徹底しているからだ。

 

見て、評論する人間になるより、コートに上がってぼこられる人間になりたい。それが、風門魂で有り、風門スタイルだと言える。

 

この私のかっこ悪い動画を見て、笑う人間もいたし、感心する人間もいた。で、笑う人にはろくな人間はいなかった。結果でしか、人を判断できない人間は、結果に拘るから、負ける試合には出なくなる。つまり、外側から見る人として評論するばかりの人間になることが多い。

 

勝負事というのは、勝つか負けるかしかない。アマチュアが、その勝ち負けに拘りだしたら、結果は、闘わなければ、絶対不敗の方向性にいく。

 

風門館では、負けることは恥では無い。闘わずして、コートの外から、誰が強いとか弱いとかの評論しかできないことこそ、恥ずかしいことだと思っている。

 

こんな、風門館で良ければ、一緒に汗を流しましょうというのが、我々のスタンスだ。

 

風門館事務局。0947・32・3550.代表福光まで。

 

 

風門之儀2022。風門スタイルとは何か?何かを得るためには何かを捨てなければならない。上羽丸6級・51歳の生き様を見よ。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/shorts/aOEEsnAeLX0

 

風門之儀2022。風門スタイルとは何か?何かを得るためには何かを捨てなければならない。上羽丸6級・51歳の生き様を見よ。

 

私は、風門スタイルと言う言葉をよく使うが、それには、三重の意味がある。一つは技術的なもの。一つは、文化的なもの。そして、最後の一つは、我々の精神的な支柱を指して使っている。

 

今日は、風門スタイルの、精神的な部分について書き残したい。

 

我々、風門館は、私が、武道ブログというものは、である調で書くものだろうという誤解から始まって、更に、風門館という大仰な名前で活動しているため、誤解を招きやすいが、実態は、草の根アマチュア・武道好きのサークルであり、草野球感覚で稽古しているし、運営もしている。

 

ただ、草の根アマチュアだからこそ、徹底的に草の根アマチュアに徹している部分が、実は、風門館の怖さと言えるかも知れない。

 

風門館では、負けることを恐れない。風門館が、一番恐れるのは、言い訳をして、闘わないことだ。

 

風門館では、言葉を大事にする。だから、試合は、文字通り、試し合いで有り、競技は、文字通り技競べだと解釈している。

 

だから、そこで負けること自体恐れないし、勝ったからといって奢ることもない。我々にとって、試合・競技・出稽古は、あくまでも、万が一の護身実用に際しての一つの修練法に過ぎないから、勝敗よりも経験することを重視している。

 

今回の出稽古会でも、まさか、51歳・ボクシング出身、投げ・寝技素人の上羽丸6級が、柔道+打撃変則総合ルールで、稽古するとは思ってもみなかった。

 

この動画だけを見れば、かっこ悪いと見る素人が多いだろう。しかし、風門館では、違う価値観でこの動画を見る。

 

自分の土俵ではないところで闘う勇気。なまじっかボクシング歴があるだけに、簡単には出来ない。

 

若者がやるなら、まだしも、51歳という年齢で、未知の土俵に上がれる勇気がお前にあるのかと問われたら、私には無い。

 

私も、40歳までは、未知の土俵に上がって闘ってきたが、51歳の時やれたかというととても無理だ。

 

素晴らしい勇気だと思う。何かを得ようと思えば、何かを捨てなければならない。

 

この場合。上羽丸氏は、投げ有り総合ルールでの経験値・寝技の経験値を得ようとした。その結果、絵写りとしては恥ずかしい思いをしなければならない。

 

これが、出来る人が、どれだけいるだろうか?

 

私も、過去、850人ほどを指導してきたが、何かを得ようとしたら、何かを捨てなければならないという単純な理屈を理解できない人間に多く出会った。

 

新しい技を得ようと思えば、プライドは捨てなければならない。それが出来ない他流出身の黒帯を多く見てきた。

 

また、一番腹立たしいのは、試合に出たいと言うくせに、稽古に来ない人間。そういうタイプが、私にはどうしても理解できなかった。

 

本気じゃないなら、口に出すなと何度怒ったことか。

 

風門館では、有言実行を重んじる。私は、言葉を軽々しく発する人間が嫌いだ。自分の発した言葉に責任を持たない人間は信用しない。

 

黒帯を取るまで頑張ると言ったら、必ずその実行を迫る。試合に出たいと言ったら、本気でそのためのメニューを組む。

 

当然だろう。防具付きとは言え、ガチの日本拳法道ルールは、アマチュアとしては、かなり危険なのである。

 

そのコートに立たせる以上、無事生還させる責任が私にはある。

 

<風門館。大人のための護身教室>は、競技武道をしない人のための、キャッチコピーである。競技武道をしたいとなったら、同じメニューでいい訳が無い。

 

話しが横道にそれた。上羽丸氏の、この勇気・捨てる覚悟。これこそが、風門館の最も重んずる精神で有る。そういう時、私は、これが風門スタイルだと表現する。

 

この動画を見て、かっこ悪いと思うような人間は、肩書きのあるプロのジムに行けば良い。

 

しかし、51歳の上羽丸氏の挑戦に、心を打たれる人が居たなら、是非、我々と稽古してもらいた。

 

そういう人には、こちらから、頭を下げて、仲間になって欲しいとお願いする。私は、私に頭を下げさせる人間を集めて風門館を大きくしたいと考えている。

 

風門館事務局。0947・32・3550。代表福光まで。