風門館 大人のための護身教室 日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 公式ブログ

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風門之儀2022。将来の指導員を育てる。直方市民体育センター。2月13日。

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https://www.youtube.com/watch?v=FlmonwSfeks

 

風門館に入会する動機は、様々であろう。護身実用のため。健康のため。手頃な値段の格闘技ジムの代わりとして。道場での人間関係を求めて。あるいは、自分自身を磨くため。

 

入り口の動機は、なんであっても良いし、稽古に通う動機も何であっても良い。ただし、逆に私がなぜ、風門館を運営しているのかという目的は知ってもらわなければならない。

 

私の運営の目的と習う側の動機があまりにも乖離していたら、そして、私が、常に入会者の動機に合わせて、運営方針をころころ変えていたら、それは、もう風門館ではない。また、風門館でなくなったものを私が運営する必要性もない。

 

それが、風門館運営の私の気構えである。

 

さて、では、私の運営の目的とは何か。それは、一つではない。複数あるから、33年間の長きに渡って、飽きもせず、稽古をし、指導をし、運営を続けて来られたのだと思う。

 

だが、、私の運営目的の一つに、「将来の指導員を育てる。」と言うのがあるのは確かだ。

 

私の指導の一つ一つは、全て、将来の指導員にとって必要不可欠な技術・ものの考え方・運営のノウハウを伝授することに結びついている。

 

ここ、数年、40代以上で入門する人が増えたので、将来、自分が指導員になるとかは無理だろうという声を聞くが、そんなことはない。

 

日本拳法道連盟では、誰でも、根気さえあれば、昇段することができる。初段まで、3年。その一年後には二段。その二年後には三段。つまり、三段は、最短6年で取れることになる。しかも、週一回2時間休まずに稽古すれば取れるのだから、極端な話し。60歳で入門しても、66歳の時には、三段になっている。

 

三段は、支部長である。風門館では、二段までは、分支部しか認めていない。分支部は、あくまでも、私の指導の下で稽古をする。なぜかというと、総合武道である、日本拳法道の乱取り競技法に最低限必要な技術を身につけるためには、最短でも6年はかかるからである。

 

打撃・投げ・関節・寝技・締め。全てが許される多様性に満ちた日本拳法道ルールで、しかも、他流試合を行う選手を育てるためには、技術的な引き出しがかなりいる。その最短は、6年というのが、私の経験則である。ちなみに、この、6年というのは、他武道の有段者で、それくらいかかるということだ。

 

柔道・空手などの未経験者の場合。最低でも、8年くらいは修行しないと支部長はまかせられない。

 

風門館では、三段を取った者は、独立するかどうかは、本人の意志としている。日本拳法道連盟傘下の○○会とかを作りたいならそれもよし、風門館に残って、風門館小倉南道場とかで看板を出したいなら、それも良し。三段以上を縛るつもりはない。

 

なぜ、こんなことを書いているかというと、過去、私の門下で、初段で独立した人間がいたからだ。武道・格闘技経験0で、しかも、38歳くらいだったろうか。私が当時、仕事の関係で、少年部の指導に間に合わないことが多々あり、どうしても、大人の黒帯が必要だったので、やや、異例ではあったが、2年ほどで特例として、初段を取らせた。

 

そしたら、その御仁、何を勘違いしたのか、あるいは武道を舐めているのか。すぐに独立して支部を作りたいと言い出して、結局認可するしかなかった。

 

その後は、日本拳法道の看板を名乗りながら、極真などのビデオ教材を買って、独学で極真風な稽古をするというとんでもない道場が出来てしまった。

 

元々、武道が好きと言うより、お山の大将になりたいだけの人間だったから、私が指導に行くと嫌でたまらない顔をして、指導にも行けなくなった。

 

そういう人間でも、自分の出来ない技術は、人に学ぶとかいう姿勢があればいいのだが、とにかく、雰囲気極真好き人間であったから、専らビデオで独学。せいやせいや。で気分はやってる感満載の道場が出来上がった。

 

少年部には、誤魔化しがきくのだが、やがて、大人になって、見る目が出来ると、そこは、無理なんだろう。結局、今は、廃業している。

 

この手のタイプが恐ろしいのは、自分は、試合経験が1度しかないのに、変なところは私の真似をして、門人には他流試合をさせたがるところにある。

 

防具だからと舐めているのかも知れないが、日本拳法道ルールの怖さは、打撃と投げの中間にある。これは、言葉では説明しがたい。打撃から組み討ちに変わるその一瞬の切り替えができていないと頭から落ちて、最悪、首を折る可能性がある。

 

だから、指導員は、神経質になるのだが、自分がリスクを取ったことがない人間で、世の中を舐めている人間は、平気で、人にリスクを取らせる。

 

そこが、一番、怖い。そして、その御仁の最悪なところは、私の門下であるいうことをひたすら隠し、自分の生徒を風門と交流させないみみっちさにあった。

 

なぜかと言うと、風門に来ると、投げから、寝技と一通り指導体系があるから、それを知られたくなかったらしい。また、風門の当て身は、宗家直伝の当て身をそのまま教えるので、独学極真風とは、全く違う。そういうのも、知られたくなかったらしい。とある人から聞いたことがある。

 

私が、一番嫌いなのは弟子を囲い込む人間である。自分の技術に自信が無い人間は、弟子を囲いこもうとする。それは、その門人の未来を潰すことで有り、また、試合に出すなら、武器無しで戦に送るようなものだ。

 

私は、それだけは、断じて許せない。

 

千手丸氏が、入門してきたとき、私は、腰椎狭窄症で大手術をした、後だったので、もう乱稽古ができない身体になっていた。

 

そのため、彼や後に入った獅子丸氏のために、他流に頭を下げながら、二人を育てた。

 

二人とも、他流からの裏での引き抜きは盛んだったらしいが、それならそれで、良いと私は思っていた。武道とは、最後は詰まるところ自分が強くなれるかどうかだと言うのも事実である。世の中の凄い人の弟子になりたいというのであれば、私に止める権限はない。

 

しかし、二人とも、私の理念に共鳴して、余所にはいかず、残った。

 

残った理由の大きな部分は、私が他流への出稽古を禁止しなかったからであろうと思う。防具を付けていても他流とのガチ試合は怖い。週一回の風門の稽古では、収まらない部分は出てくるのは当然である。

 

今でも、コロナで実現できていないが、下からの三角を学ぶために、タフス道場のM先生の講習を受ける計画を立てていた。

 

私は、当て身と投げは、十分教えられると思っているが、寝技は得意ではない。自分が出来なかったら得意な人を呼ぶ。

 

これが、過去、5種類のルールで、15本のトーナメントをこなした、私の経験から導き出した風門ポリシーである。

 

話しは戻るが、60歳から初めて、66歳で三段を取り、独立したいという人がいたら、私は独立させる。他流試合におけるリスクさえ、承知していれば、本人の試合経験は必要ないと思っている。

 

日本拳法道連盟傘下の○○会でも、○○館でも好きにやっていいと思っているし、運営にも口を出さない。

 

ただし、風門への出稽古を禁止するようだったら、そことは絶縁する。

 

風門館への出稽古を禁止する道場の理由は一つだ。自分の技術に自信が無い。それに尽きる。そういう道場とうかつに付き合うと、事故に巻き込まれる可能性が高い。

 

弟子を囲い込むことでしか、存在し得ない道場などは、消えた方が良いと言うのが私の考えだ。

 

日本拳法道連盟は、毎年秋に、福岡武道館で防具付き総合ルールによる他流試合を行う。コロナの関係で、33回で止まっているが、そこで、皆。闘ってきた。他流派を迎え撃ち、撃墜されることの方が多かったのも事実だが、決して門戸を閉めることなく33年間の長きに渡って闘い続けた。

 

それが、日本拳法道連盟のプライドだ。

 

自分が、試合に出たことがないから、弟子を出さないとか、逆に、自分が試合に出たことがないから、リスクに無頓着で、門人に試合を強要するとか、どちらも、指導者として間違っている。

 

そういう間違った指導者を作らないと言うのが、私の指導の根本にある。逆に言うと、考え方がしっかりしていれば、自身の試合経験などは必要ない。正しい技術、リスク管理。自分が出来ない技術は、人を呼ぶ。出稽古を禁止しない。

 

そういう指導者を育てたいと奮闘しているのが、現在の私である。

 

冒頭の動画。空手・ボクシング経験のあるT氏46歳と入会2ヶ月目48歳、S氏の初めての鍛錬手合L1.5であるが、指導者となるためには、痛みを知ることが一番重要である。

 

無論、二人とも、白帯であるから、自分が、将来の指導者になりたいとか思って稽古しているわけではないが、指導している私は違う。

 

続けば、同好会を作らせ、分支部を作らせ、三段になったら、独立させて支部を作らせる。

 

そういう思惑は、全員に話している。風門館は、八木山峠以東に、日本拳法道を普及するために、私が結成した日本拳法道連盟田川同好会に端を発する。

 

直方・八幡西区と日本拳法道連盟の支部を作りたい。それが、悲願でこの33年間やってきた。

 

簡単ではないが、希望はある。だから、稽古に向かえる。そういう人生も悪くないと私は思っている。