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古術の受け身思想とは何か?絶対報復主義。


白虎隊 霧島昇(作詞:島田磬也&野村俊夫)

 

https://www.youtube.com/watch?v=6R8PHbKqhcE&feature=emb_title

 

古術は<受け身思想>であるとよく書くのだが、この<受け身思想>を誤解する人間が多いので、閉口する。<受け身>と言うのは、何をされても我慢することだと、勝手に勘違いする人間が多く、それこそ、古術の思想を知らず、戦後日本的な絶対無抵抗主義で、見られることに苛立ちを覚える。

 

我々、古術者の<受け身思想>というのは、先に仕掛けないと言うことを言ってるのであって、仕掛けられたら、絶対に報復する。目には目を。歯には歯を思想なのである。その時点での力関係、現実などがあって、即時報復が出来ないなら、七代かけても報復する。ある意味強烈な思想だから、門外不出だった訳である。

 

そういう我々からするとこの白虎隊の腹切りシーンは、全く理解できない。最も、映画、TVで再三、演じられる美少年の腹切りシーンは、史実では、深い意味があったのかも知れない。

 

しかし、問題は、城が落ちたら、殿様も腹を切ったと短絡的に思考する場面がすり込まれることにある。また、それが、日本の武士道の美風であるかのように描かれることに問題がある。日本人はすぐに腹を切る。それは、美風だろうか?一軍の将なら、それは美風であろう。しかし、たかが前線の兵卒に過ぎない人間が、簡単に自裁したら誰が戦うのか。

 

愚かしい。我々古術者なら、命ある限り、報復する。万が一、御上が、辱められたら、相手の指揮官をつけ狙いテロル。戦争が終わったとかは、関係ない。必ず報復する。山に散り、七代かけても報復する。腹を切る命があれば、当事者の指揮官をテロルのは、かなりの確率で成功する。

 

神風やイスラム教徒がやっているように、爆弾を身にまとい、一人一殺の覚悟があれば、かなりの報復が出来る。なぜ、感単に腹を切るのか?まったく理解できない。

 

本当は、違う理由があったと言うなら、それを披瀝し、世に広げるべきだ。単なる兵卒に過ぎない者が、簡単に腹を切る武士道など敵にとってはありがたいだけのことだろう。城が燃えただけで勝手に死んでいくのだから。怖くも何とも無い。

 

人間は。自分の命が惜しい。自分が殺されると思うからこそ恐怖する。負けたら、簡単に腹を切る人間など、有りがたいだけだ。恐ろしいのは、七代かけても報復するという執念深さだ。そういうのは怖い。こういう場面なら、我々古術者は、即、山に散る。そして、主君に仇なした者に報復する。一代で無理なら、七代かけても、その男系に報復する。

 

そういう教育を幼いときから受けると世の中とうまく折り合えなくなる。だから、古術は、私の代で閉じようと思ったのだが、ネットの時代。こうやって書いている。闇とも言える。しかし、それを正しいと思う我もいる。悩ましい。表に出さない方が良いと思いながら、正さなければ、国が滅ぶという危機感もある。

 

私は、<日の本根腐れする時、迷わず起て>という古術世に出るの定めに従って、今から、13年ほど前から、ネット上に古術者として姿を現した。痛い目にあうと知りながら。やはり、やむにやまれぬ古術者魂ということだろうと自分を納得させるしかない。

 

しかし、それは、私のような一介の匹夫ですら、起たざるを得ない時代が来ているという証左ではないだろうか。我々、古術者は、雛之衛士を自認してきた。私も、それに殉じたいという気分が根にある。