日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 風門館公式ブログ

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令和元年 第5回風門祭兼豊前福光派古術初穂之御更衣 元手変手稽古披露


令和元年度 第5回風門祭 豊前福光派古術 変手稽古(太刀振)演武

 

https://www.youtube.com/watch?v=6IybFZIMkSc

 

令和元年 第5回風門祭兼豊前福光派古術初穂之御更衣 元手変手稽古披露

 

風門祭は、日本拳法道の大会だが、実は、福光流にとっては、初穂之御更衣を兼ねている。

 

日本拳法道に寄生しなければ、古術は生き残れない。中学から、日本拳法道に入門する31まで、約15年間。剣道・フルコン系空手・八光流柔術合気道2会派・沖縄小林流と修行したのは、それぞれ、理由があるが、根底には、どこかの武道で5段を取り、その支部道場を開設して、門人を集め、そこで古術も教えたい。

 

そういう下心があって修練に励んだ。結局、最終的に、日本拳法道が続いたのは、古術と最も相性が良かったからである。

 

28歳の時に、他にいないから仕方なく的な理由で、16世を継いだが、心は納得していなかった。俺だって、一人前の跡継ぎになりたい。その強烈なコンプレックスが、私をして、日本拳法道ルールおける他流試合に走らせた。

 

よく闘ったと思う。日本拳法道6回・硬式空手4回・グローブ空手2回・アマKB2回・真武館1回。記録に残らない非公式道場デスマッチ他流つぶし合いの回数は数が多すぎて、もはや覚えていない。31~41になる2週間前まで、己の持っている全てをぶつけて競技の世界に没入した。

 

その、経験・体験を通して、今の私の古術がある。時代背景が違うので、歴世古術者からは、所詮ままごとと言われることは承知で、褒めてもらいたい。

 

しかも、おかげで、まだ生き延びている。しかも、とうとう日本五大捏造流儀にもランクインした。

 

豊前福光党は、福光党男系男子・古術者による思想・信仰・政治結社でもあった。だから潜っていた。最近、忍者を売り物にする時代になったが、忍びとは、隠れてるいるから忍びであって、表に出たらもはや忍びではない。

 

平和な時代なんだと思う。喜ばしいことだとも思う。それでいいのだと思う。

 

長々と前置きが長い、自分の文章が嫌いだが、この動画で、俺的な凄さを感じて悦に入っていると言うことを残したかった。

 

古術の変手稽古は、形稽古と乱稽古の中間を狙った稽古法で、古術は、<変手稽古を専らとする。>というくらい重要な稽古法である。

 

しかし、この稽古法が出来るまで、当然、形稽古で基本が出来ていないとうまくいかない。

 

木霊丸氏、日本拳法道で、門下に入ってきた。30過ぎ。その頃、私は、誰にも古術のことは明かしていなかった。だが、彼だけは、薄々私の秘密を感づいていた。

 

だから、彼には話し、しかも、こういう流儀が世に出ると、必ず捏造流儀と叩かれますが良いですか?と言ったら、それでも古術が習いたいと言った人である。

 

拳法門下で25年。古術で10年。動きが古術らしくなった。そして、私、毎回風門祭の度に30年ぶりくらいのことをやりたがるのだが、今回も流れで、太刀を持った手で受け身を取るという奇跡を起こした。

 

身体というのは覚えているもんだなと我ながら感心している。

 

この動画は永久保存版だ。次やれるかどうか自信はない。しかし、動画に残ってる以上、古術が生き残れば研究する者が現れるだろう。そして、その難しさに嘆じ得るだろう。何ということのない芸だが、やるのは意外と難しい。

 

しかし、この動画はいい。古術の本質は、剣体術にある。それを変手勝ちという。

 

一般の剣術が切っ先三寸の芸と言うなら、古術の元手(太刀術)は、その切っ先三寸の内側に入る芸である。

 

相撲になったら絶対に負けない。それを前提に得物術が出来ている。

 

片田舎の百姓流儀ながら、江戸期の武家流儀にも劣らないと密かに自負している。

 

たかが二人で稽古している。無名・権威無しの流儀が、あえて日本五大捏造流儀にランクインされたのも、注目を浴びる何かがあるからでは無いかと思っている。

 

古術福光派捏造疑惑騒動。歓迎である。