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日本拳法道連盟 某重大事件史。エピソード1 顎陥没骨折事件。


豊前福光派古術相伝最終行法 他流試合百本取 古術 VS SB?

 

https://www.youtube.com/watch?v=oygWGDuRZ20

 

日本拳法道連盟 某重大事件史。エピソード1 顎陥没骨折事件

 

日本拳法道は、その名が示すとおり、元々は、日本拳法の術技と乱取り競技法をベースに1980年代末に、九州福岡で新たに創案された新興武道である。

 

元々、九州は、拳法会が強く、協会の森先生の協力の下に、協会系の友好団体として出発したと聞いている。

 

源流の日本拳法との違いは、以下の3点に集約される。

 

1 軽量防具の使用。

2 背面・金的以外の道具外れへの打撃が全て許可。具体的に言うと、ロー有り、上段実撃可・寝技10秒制限。足関節・締めも可。

3 試合がフルオープン形式のために、全試合。ほぼ他流試合となる。

 

今は、使用防具なども統一されているが、私が初めて参加した第4大会(大会名はセイフティ格闘技選手権)頃は、防具も自由だった。アルフア面・スーパーセイフ・日本拳法の防具。取りあえず、グラブは6オンス以上・防具無しは不可と言う、ルールがあるだけで、はちゃめちゃな大会だった。

 

その第4回大会までは、日本拳法の選手(陸自春日の普通科連隊の徒手格闘の選手)が、日本拳法の防具のまま出てくるという今考えたら、アバウトすぎる大会であった。フルコン・伝統派空手、キック、各派拳法系、柔道・アマレスなどのあらゆる武道・格闘技の選手が、防具も各自好き勝手・服装も好き勝手で出ると言う、一種異様な大会だった。

 

その日本拳法の選手が、第5回から、パタット出なくなった。その原因が、某重大事件のなのである。

 

私は、日本拳法そのものをやったことがないので、日本拳法のことは詳しく分からない。どこまで書いてよいのか分からないので、やたら、某○○となるが、その点はお許しください。

 

話しは遡って、第1回大会でのこと。日本拳法のかなり有名な某先生が、出場した。

この先生は、日本拳法出身でボクシング世界チャンプになった、某氏と大学で同期で、しかも、大学時代、その後の世界チャンプに一度も負けなかったと言う伝説のエピソードを持っている人だ。この時点で、かなり、知ってる人が出てくるかも知れないが、名前は伏せてください。

 

身長170?くらい、体重67K?くらい。私も直接その某先生のことは知ってるのだが、見た目には、そんあ強い人に見えるような体格では無い。

 

その某先生が、この第1回大会で、あろうことか、相手の選手に面突きを放って、相手の顎の骨を陥没骨折させると言う、今年で34回目を迎える日本拳法道史上大怪我ベスト10を第1回からやっちまった事件なのである。

 

ちなみに反則でも何でもない。某先生。カウンターの名人として世評に高いが、その時も見事なカウンターだったらしい。綺麗な面突きが決まり、見事な1P。ゲット。

 

当然、相手は、血泡をふいてダウン。そのまま、病院に直行。後で、顎の骨が陥没骨折したと言うことが分かったらしい。

 

面をつけての話しですよ。面突きで、顎を陥没させたのは、その某先生が唯一である。

しかし、ハイキックでの顎骨折は、あってるし、その他もろもろの事故も起きているので、我々が、試合になると神経を使うわけである。

 

話しは戻るが、某先生、2回か3回大会まで、出て、いずれも優勝だったと聞いている。

 

私の出た、4回大会には出てなかったので、私は、運が良かったと今でも思っている。当時は、無差別で、30人くらいのトーナメントだった。この4回大会に、31歳で初出場した私は、一回戦、空手の黒帯の選手を破り、二回戦で細身の日本拳法の選手と闘い、痛烈な面突きをもらい、膝をつくダウンを喫して負けた。

 

その雪辱を晴らすために、第5回大会に出ると、なぜか、あのダースベイダーのような防具を付けた日本拳法の選手が一人もいなくて、今年は出てないのかなと思ったものだ。

 

しかし、後で、話しを聞いてみると、その某先生の事件が、日本拳法の方で有名になって、日本拳法の選手のうちの大会への参加は全面禁止となったそうだ。

 

私は、日本拳法そのものは、経験が無いので、詳しいことは知らないが、日本拳法は、外部の大会への参加が駄目らしい。まことに残念でならない。

 

日本拳法道ルールは、日本拳法北斗旗の中間くらいのルールではないかと思っている。日本拳法からすると北斗旗に近く見えるだろうが、北斗旗からすると極めて日本拳法に近いはずだ。

 

かっては、一般体重別で、3階級90名近い出場選手を誇った日本拳法道だが、ここ数年は、選手が集まらず、3人巴戦とかが普通になってしまった。

 

ルールの近い日本拳法の選手が出てくれれば、大会のレベルも上がるし、大会も活気づくと思うが、自前の選手を育てられなかったのは、我々自身の責任だから、仕方の無いことだ。

 

私は、日本拳法スタイルが好きで、31歳の春に、日本拳法道連盟木立総師範の門を叩いた。

 

あれから、今年で、31年。門下で一番の古株になってしまった。状況は厳しいが、このスタイルが好きなので、自分の出来る範囲で、組織に貢献したいと奮闘している。

 

この日本拳法道スタイルに興味をもった方がおられたら、気軽に連絡をください。なかなか楽しめるルールですよと断言できます。

 

なお、暴騰の動画は第5回大会の一回戦。空手着が私。相手は、西日本工業大学シュートボクシング部の選手。この年、三回戦まで進出し、ベスト8。敢闘賞をいただく。

試合はおろか、組み手経験もほぼなく、形稽古しかやったことがない体重64Kの私が、出場2年目で、ベスト8まで行ったのが嬉しくて、未だにこの頃の初々しさが忘れられない。

 

また、見て分かるとおり、当時は防具も自由。服装も自由だった。この頃のはちゃめちゃさ感は、未だに語りぐさになっている。