https://www.youtube.com/watch?v=QQxZrS3Tp5w
最近、風門館は、<大人のための護身教室>を謳い文句に宣伝している。
これには、私なりのコンセプトがあって、そう謳っているのであって、適当な思いつきなどではない。
私は、弱視に近い強度近視で、また乱視が強過ぎて、眼鏡での矯正ができなかったため、中学時代から、コンタクトをしていた。
一般的にコンタクトと言うとおしゃれ感覚でやっている感じがあるが、私の場合。切実で、コンタクトをしないと視力の矯正が効かないから、車に乗れないという田舎では致命的な事実と向き合わなければならなかった。
そして、度が強いために、コンタクトをすると頭が痛くなり、その頭痛との葛藤の中で人生を送ってきた。
この眼精疲労から来る頭痛との闘いは、健康な人間に言っても理解してもらえないので、人に話したこともない。
この目の悪さのために、思うような人生の半分も出来なかった。しかし、それも、宿命だと思い、自分の出来る範囲で、やりたいことをやってきたので、今は、俺はよくやったと自分の身体をほめている。
そういう、まともでない身体を持った私だから、激しい競技武道は無理だろうと思って、31歳で日本拳法道と出会うまで、形稽古の武道しかやっていない。
極真とか、日本拳法とかは、私には、肉体エリートのやる武道だと思っていた。
ただ、私が子供の頃からやっていた、福光流古術は、家伝の流儀だけあって、稽古は形稽古でやるのだが、技の自由度は高かった。
子供の頃。私の先代と先々代は、TVでキックボクシングを見ていて、今後は、日本でも、こういうのが流行ると先を予見していたから、ある意味恐ろしい。
二人で、既に、ローキック対策を練っていたのが、私には、極普通の環境であった。
それが、八光流・合気道・沖縄小林流と経験を積むにつれて、技の自由度の無さに、どうしても、そこで、骨を埋める気になれなくなってきていた。
その時に、出会ったのが、技の自由度なら、ほぼ、空道なみの日本拳法道であった。
元々、形稽古とは言え、技が多様すぎる古術がベースの私にとって、私の引き出しの中の技をフルMAXで使ってよい、日本拳法道は、パラダイスであった。
日本拳法道・硬式空手・グローブ空手・アマKB・真武館全日本と、競技武道に明け暮れた、31歳から41歳までの十年間は。私の輝ける日々であった。
しかし、元々。私は、乱稽古が、好きではない。理由は。簡単だ。乱稽古は、痛いしきついからだ。
しかし、技的には、芦原会館のような技が好きだし、ブラジリアンの複雑な寝技のコンビネーションも好き。ダボハゼのように、色々な技が好きで、自由に技の研究・稽古をするのが好きだ。
今も、カーフキック風の研究をしているが、こういう技の自由度が高いのが好きというのも体質なんだろうと思う。
そして、そういう自分の原点を見つめていくと、結局、技の自由度は高いが、稽古は形稽古・技の流し稽古でやるというやり方が好き。
おお!。これは、古術では無いか?とようやく気がついたのが、今から12年ほど前だろうか。
以来、競技にも出るが、競技で勝つことを目的とした稽古はしない。面さへ、突ければ、本人の希望次第で、KBでもボクシングでも出す。(ただし、アマに限る。)
乱稽古も、年齢や経験値を考えながら、寸止めから、フルガチまで、自由に選択できる。
稽古の大半は、形稽古か、技の受け返し中心で行う。
何より、生涯武道が出来る稽古体系を最優先する。それが、現在の風門館である。
子供を拒否しているわけではないが、(少年部も欲しいけど、誰も来ないから諦めているだけ。)40代でも、50代でも稽古できる場所。
私のような、技の自由度が高いのが好きだが、乱稽古はあんまりしたくないという人間の受け皿として、今も風門館を運営している。
その風門コンセプトを端的に表したのが、
風門館:大人のための護身教室。なのである。
世の中には、似たような考えの人間が、100人いるという。恐らく、私と似たタイプも100人は軽くいると思う。
その人たちが、いつでも集まり稽古できるよう風門を運営している。
俺と似た仲間よ。カモン!