日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 風門館公式ブログ

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義挙支援すべきの時のために。私が芸法修練を続ける理由。

www.youtube.com

 

https://www.youtube.com/watch?v=WhTFMlz3qsY

 

http://www.gooujinja.or.jp/inosisi.html 以下引用  

 

和気清麻呂公と300頭のいのしし

奈良時代称徳天皇の御代のこと。弓削道鏡(ゆげのどうきょう)という僧が法王となって絶大な権力を振るっていました。やがて道鏡は、天皇の位も奪おうと考え、「『道鏡天皇にすれば天下は平和に治まる』と宇佐八幡よりご神託(神様のお告げ)があった」と天皇にウソを言います。
 天皇は、ご神託が本当なのか迷いました。そこで、和気清麻呂公を呼び、九州の宇佐八幡へ行って確かめてくるよう命じました。清麻呂公は宇佐八幡へおもむき、ご神前に出て「真意をお教えください」と叫びました。すると、光り輝く宇佐の大神が現れ、「天皇の後継者には必ず皇族のものを立てなさい。道鏡のような無道の者は早く追放してしまいなさい」とご神託を下されました。

 清麻呂公は都へ戻り、大神のご神託を天皇に報告しました。野望をくじかれた道鏡は激しく怒り、清麻呂公の足の腱を切った上、大隅国(鹿児島県)への流罪(るざい)としてしまいます。さらには、大隅国へ向かう清麻呂公を襲わせるために刺客を放ちました。
 足の腱を切られ、立つことすらできなくなった清麻呂公ですが、皇室を守った大神に感謝するため、宇佐八幡へ立ち寄ることにしました。そして、一行が豊前国(福岡県東部)に至ると、どこからか三百頭ものいのししが現れました。いのししたちは清麻呂公の輿(こし=乗り物)の周りを囲み、道鏡の刺客たちから守りながら、十里(約40km)の道のりを案内してくれたのです。清麻呂公が宇佐八幡での参拝を終えると、いのししたちはどこかへ去っていきました。不思議なことに、清麻呂公の足の痛みは治り、再び歩けるようになっていました。

 

人が芸法修練を続ける理由は様々あるだろう。私も、理由・動機があって続けている。しかも、理由・動機は、一つでは無い。

 

その理由の一つが、上に引用したエピソードにある。

 

私は、芸法家の小説、例えば宮本武蔵とか、千葉周作の小説を読んでも、なるほどどとは思いながら、さほどのめり込めなかった。

 

つまり、私にとって、芸法とはあくまでも手段であって、目的ではないということだ。それよりも、幕末維新回天や戦国時代の武将・志士などに強烈な憧憬を抱くタイプだ。

 

無論、私ごときは英雄になれないのは承知している。しかし、例えば司馬遼太郎の小説に、ほんの一行登場する脇役のような人物がいる。その程度なら私でもなれるのではないか。そういう気持ちを未だに捨て切れていない。

 

特に、歴史上のエピソードで私が一番好きなのは、上に引用した、和気清麻呂公を助けた300頭のいのししの物語だ。

 

象徴であることは分かりきっている。いのししが300頭も揃って人を助けるはずがない。豊前の在地武士団、あるいは、在地の武装勢力が支援にあたったんだろう。

 

名前も残らず、ただいのししとしてのみ記されても悔いはないと思う。こういう無名の草莽が義挙を支援する物語に強烈なシンパシーを感じる。それが、私の体質だろう。

 

万が一の義挙の際、それを手助けしたい。その際には、当然武力が要る。後、2ヶ月で65歳となる。戦闘力は限りなく落ちているが、万が一の際に、己の命と引き替えても良いと思えるような義挙があれば、及ばずながら一身を投げ打ち、その手助けをしたい。

 

それが、私のロマンだ。夢想だ。日々刻々と人生の終焉へ向かって生きている現況。そのロマンにすがって生きているともいえる。

 

だから、未だに芸法修練を続けられる。苔の一念である。

 

多分、そういう夢想に取り付かれなければ、芸法修練などは、続けられるものではない。特に私のように芸が目的では無く、手段に過ぎない人間にとって、世間から笑われながらも続ける強烈な動機とは、己の人生の咲かせ方にあったからだ。

 

こういう話しを人にすると、頭がおかしいと思われる。だから、口にはしない。普段は、極普通の田舎暮らしの年金生活者として、平凡に生きている。

 

ただ、このブログを門人達は、たまに読んでいるらしい。門人でも、私の心情・動機に共感する人間はいない。

 

それで、良いのだ。芸法修練の目的・動機は人様々で有り、かつ、一人の人間にあっても複数の動機・理由があるだろう。それで、構わない。

 

ただ、私が、何故、半世以上、芸法修練を続けているのかという根本的な理由は、ここにあると言うことを記しておきたかった。

 

私の課題は、死ぬまでの残りの貴重な時間を、どう生きるかと言うことと、私という人間が生きた記録をどこか世間の片隅にでも残して置きたいという願望にある。

 

自分の人生には、概ね満足している。やりたかったことの大半は、やってみた。振り返っても、その点の後悔はない。

 

後は、死に方だけだ。そして、もしも、万が一、義挙があれば、己は英雄的な行動ができないのは分かっているが、せめて300頭の無名の草莽として死んでみたい。その夢想を思い描くだけで、生きるエネルギーがわいてくる。

 

万が一の<魂捨猪振る>の時のために、できる範囲で芸法修練を私は続けるだろう。