何度、聴いても、この曲が一番好きかも知れない。
俺の葬式の時には、この曲流して欲しいわ。
1979年。俺が、大学2年の時か。
当時は石油ショックの後で、俺の大学の卒業生の進路掲示板は悲惨だった。大学出ても仕事が無い。そんな馬鹿なと思ったね。
たいした大学でも無かったが、地方公立大だから、国立より学費が安い。当時の授業料は年間で9万6000円。月では無い、あくまでも年に。今から考えるととんでもない時代だったが、大卒で仕事の無い恐怖は忘れられない。
何になればいいいのかと贅沢言える時代では無かった。90年代バブル崩壊後の連中が、自分たちだけが被害者みたいに言うが、俺の時代でも、先行きの見通しとか全くなかった。
何になりたいとかではなく、何だったらなれるのか?
それが、切実な現実だったんだよ。バブル崩壊まで、後10年。しかし、この頃も未来は暗かった。
あの頃の切ない思い出とこの曲があう。
無論、青春らしい甘い、切ない思い出とともに、蘇る。
小倉城・紫川河畔。思い出が痛すぎる小道。
川のせせらぎ・夜の街灯。
俺が、死んだら、この曲だけは必ず流して欲しい。