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福光流柔術拳法 縁起 その9 お神楽舞再興の志は残す

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https://www.youtube.com/watch?v=I9G6q0J4o7w

 

福光流柔術拳法 縁起 その9 お神楽舞再興の志は残す

 

動画説明:2009・5・31 投稿 

 

31歳から日本拳法道中心の稽古をしていたため、約20年間、古術の元手の稽古は、一切おこなっていなかった。それが、20年ぶりに稽古を再開。

 

お神楽舞再興の幟を立てるために、この動画を撮った。今から15年前だから、51歳の頃か?木霊丸氏は、私の日本拳法道の古い門人だから、拳法体術は出来ても、太刀振りの稽古など始めたばかりの頃の映像。私も長いこと稽古していないので、人前に出せる映像でもないが、自分の志を発するために、敢えて撮ったという経緯がある。

 

あれから、既に、15年。諦めきれない思いと、事実上倒産整理に追い込まれている流儀だからこそ、何故、私が鎌倉古流を公開指導しようと思ったかの一つの理由として示しておきたい。このお神楽舞再興こそ豊前福光党の悲願であった。ここに後世福光流を継ぐ者のために掲げておく。

 

一般的に、新しい流儀を起こす場合。いくつかの流派を修業して、その後に自分なりの創意工夫を加え、新たに新流儀を起こすというのが普通だ。

 

しかし、私の場合。全く事情が違う。芸法10法360手。その手ごとに3段階あるために、単に手数のみ上げると1080手。その応用変化を入れると、3000手くらにはすぐなる。豊前福光党が、400年16代に渡って練り続けた総合武芸だから、むしろ残すとなると、どう絞り込むか?そこが重要になってくる。

 

素手体術は、日本拳法道ルールで使えるものを、ランダムに、教伝している。初伝程度は、いくばくかは残るだろう。

 

また、競技には使えないが、護身用に使える取手も、必要なものから教伝しているので、これも、それなりに初伝程度は残るだろう。

 

得物は、残念ながら、希望者がいないので、護身用に教えている小太刀・バチ術の初伝の5・6本は残したいと思っている。

 

言振りは、ネットに出せる部分は書き残し、先々に鎌倉古流豊前伝福光派古術とは何だったのかを後世、福光流が生き残れば研究材料としてもらいたい。

 

そして、最後に、なぜ、私が、一族相伝門外不出の鎌倉古流福光派を表に出そうと思ったのか?その最大の動機が、このお神楽舞再興にあったということは残しておきたい。

 

芸法・神事・祭事 三位一体は、当流に限らず、農山村に伝承された民俗武芸の一般的特徴だが、他の流儀が、明治以降、祭事に特化して継承された中、当流儀は、歴世他流試合を好むといういかれた相伝者が相次いだため、幕末以降、芸法に特化してしまい、祭事の部分を失ってしまった。

 

明治以降、豊前福光党にとって、このお神楽舞再興は、悲願であった。

 

それゆえ、私の代で、お神楽舞再興を果たすよう厳命されていた。

 

私も、努力はしたが、このご時世、お神楽舞再興といっても理解を得られるはずがない。しかし、手業の80%を捨て、福光流柔術拳法として、再編するにあたっても、

このお神楽舞再興の念はどうしても消せない。

 

新流儀としたところで、私以降、どうなるのか予測もつかないが、既に、後継者は二人定めている。

 

また、今年9月、新たに一人、第17世継人3足目が誕生する予定である。

 

木霊丸氏以外には、言振りについては、一切伝えていない。芸法のみ伝授しているが、言振りは、文字で残すことができる。

 

このブログを、私の一門は読んでいるので、長く私の門下にいれば、必然的に<言振り>に触れていくことになる。

 

ある意味。<言振り>を捨てきれない。だからこそ、私は執念深く稽古しているともいえる。

 

律義者継ぐべし。古術者の相伝者選びの最大のポイントがそこにあった。

 

神事・祭事のために、芸法で選別する。それが、豊前福光党が編み出したある種の狂気だったのだ。

 

そういういかれた風習は、私の代で終わらせるとしても、このお神楽舞再興の一事は、福光流柔術拳法として、受け継がれるなら、いつの日にか、豊前福光党の苔の一念を汲んでくれる者が現れることを祈りつつ。本日も厳寒の中、小倉クラブへの指導に向かう。