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風門流三角法の研究 その原型を示す。鎌倉古流福光派得物第三法・本手 薙鎌 菱身之手

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風門流三角法の研究 その原型を示す。鎌倉古流福光派得物第三法・本手 薙鎌 菱身之手

 

風門館の手業の半分以上は、福光流の手業の応用か、もしくは、そのままを使っている。

 

逆に言うと、防具着装・ほぼ何でもありルールの日本拳法乱取り競技法の中では、福光流の手業は、非常に効果を発揮した。

 

それが、私をして、今日まで、道場運営を続けさせた大きな要因であることは否めない。

 

現在、千手丸師範補の防具空手参入のために、風門流の三角法を伝授している。もちろん、日本拳法道の中にそういう技はない。ただ、日本拳法では、使っているような動画を見た記憶はある。

 

昨日、2025・3・9の稽古で、この三角法はどこから来ているのかを薙鎌を使って説明した。

 

私の中では、豊前福光派古術・鎌倉古流豊前伝福光派古術・鎌倉風流伝古芸福光派の名前は捨てがたいが、古武道として残すには、もはや、その体を失っている以上苦渋の決断だった。

 

また、私以降残すとなるとどうしても捏造古流のレッテル張りがついて回る。

 

私の門人は皆、元々古術に関心があって、入門したわけではない。日本拳法道か、もしくは、護身に関心があって集まってきたので、私以降、彼らに捏造古流儀レッテル張りとの闘いを強いることは忍びない。

 

私は、豊前福光党総領家であり、鎌倉古流16世相伝者であるから、ネットで何を言われようが、世間がどう思おうが知ったことではない。豊前雛之衛士として、生き、死んでいくのが我が一族の定めなので、何ともない。

 

しかし、門人は、福光党とは何のゆかりもない。となれば、私を始祖とする福光流柔術拳法として、後を託そうと思った。

 

しかし、無念ではある。この薙鎌術とか、私、個人一代でどうやって作り出せると思っているのか。ごちゃごちゃいう奴らに腹が立つ。

 

今、風門館は、私の創案した三角法を教伝している最中だが、原型は、古術にあると言うことだけは門中・門人に示したかった。

 

この古術の菱身之手を現代競技武道用に応用したのが、風門館の三角法である。

 

せめて、その事実だけでも記録しておかないと豊前福光党400年16代の苦労が報われない。

 

日本拳法道の競技法の中で、福光流の技は生き生きと輝いた。風門館は、日本拳法道+福光流+沖縄小林流で出来ている。しかし、私は、門人には、沖縄小林流の型は教えなかった。今後は、それに錬和会空手道が加味されていくだろう。

 

また、拳法体術としての風門流三角法をマスターしたものは、薙鎌のこの動画をみただけで、使い方がおおよそ検討がつくはずである。

 

薙鎌は、コメリに行けば簡単に手に入る。先々、誰かが、護身法として研究するかも知れない。

 

福光の名を使わない者が出たとしても、この手が福光流だと言うことは、ネットでばらまいているから、必ず最後は、福光の手として発見されることになるであろう。

 

祖霊の残した手を、記憶に留めさせる。それだけでも、道場運営の労苦が報われる。

 

なぜ、私が、時間と金を消耗しながら、風門館を維持しているのか。その要因の一つが門中・門人に伝われば、それで良いのだ。

 

しかし、ほんとご先祖様は、すごいことを考えついたものだと感心している。オリジナルなのか、どこかから学んだのか詳細は不明だが、家伝では、開祖明正公が、九州豊前香春に帰農するにあたって、百姓の家守の芸として、この薙鎌の術を開発したと言われている。

 

江戸期の百姓の護身用得物としては、最も実用的で有り、また、破壊力もある。いい術だといつも感心している。