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今年の春で、64歳になった。まだ。懸かり稽古は。多少なりと出来るようで、自分としてはまずまずだ。
武道は。体を使って行う。当たり前のことだが。したがって、そのハードとしての体が壊れていれば、ソフトは機能しない。
残念なことだが、それが、現実だ。
私は、この年になるまで、8度手術をしている。定期健診の既往症を書く欄に全て書いても意味が無いので。省いているが、8回手術しても、まだ。懸かり稽古が出来るのだから、人間の体と言うのはしぶとい物だと感心している。
後。10年は。形稽古と指導はしたいと思っているが、いつどうなるかは、わからないのが未来と言うものだ。
しかし、本当に武道と出会って良かったと思っている。
5歳の頃から。家伝の福光流の稽古を遊び半分で、始め。今に至るまで、既に59年。
いつも、何かの武道をぼちぼちマイペースで稽古して来た。
加齢と体の故障により、出来なくなったことも多いが、逆に進歩している部分もあるから、武道は。奥が深いとつくづく思う。
乱取りは出来なくなったが、形稽古だけでもできるから。指導しながら、形の稽古を続け。自分の気づきを稽古録に書く。
これが、多分、私の幸せなのだろう。
64年のうち、59年間を武道とともに過ごして来た。
色んな御先師に出会い、色んな仲間・門人と出会い、色んな体験をした。それを現在の風門館の指導と運営に生かし。一緒に歩く門人たちと楽しんで武道ライフを満喫している。
風門館は。全て、私を規準としている。50代で入門した門人たちも私の年まで、後10年稽古出来る訳だから、64歳になったら、懸かり稽古をやってみると良い。
私は、一般人よりも、体が弱い。その私が、31から41になるまでの10年間。各種ルールで、他流試合を繰り広げた。
それが、風門館の規準だ。
引退してからは、形稽古をしながら、私の目指す。汎用性があり。再現性に優れた風門館スタイルの完成を目指して研究している。
道半ばだが。私の理想に向かって、1日でも長く稽古し。私の収集している結構な数のソフトを新しいハードにコピーしたい。
個々のハードは。何れ壊れるが、ソフトはコピーされれば。永遠に生き残る。
私に技を伝えた御先師達への最大の恩返しは。その御先師たちとのエピソードとともに技を後世に残すことだと思っている。
それが武道家の一番の望みだ。
私は、武道愛好家で、生涯を閉じるが、恩義には報いる。
私の、そういう性分を知っているから、御先師達も。武道だが、武術になる隠し手を伝えたのだと思う。
まとまりのない雑文ながら、そういうことが書きたかった。
口伝。懸かり稽古三本目。
腰を落とせないので失敗している。腰が悪いから、本能的に避けたのだと思う。ちなみに、古術は、相手の反応に従って技が決まる。だから、この場合。前落を使うが、まだ、白帯の門人は、前落を知らないから、受け身が怖い。そういうのも、本能的に察知して、崩れた腰車になったと思う。形稽古とは言え、こうい気づきが面白い。芸には、まだ伸びしろがある。まだまだ、御道の行を歩きたい。そう思っている。