風門館 大人のための護身教室 日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 公式ブログ

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若水之御更衣。縁起。

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若水之御更衣。縁起。

若水之御更衣。縁起。

 

古術では、正月3日行う御更衣を「若水之御更衣」と呼んでいる。元旦に汲む若水から、その名を取ったのだと思うが、真相は知らない。

 

昔からそうだった。これが、古術に限らず、里山の特徴であろう。細かい伝承とかはなくても、形として受け継がれる。その際、謂われなどに関心を払う者はいない。

 

昔からそうだった。それが、決まり文句だった。

 

しかし、名前は華麗だと思う。しかも、元旦ではなく3日に基本行うというのも、分かるような気がする。正月はゆっくり酒を飲み、休み、また、過酷な労働へと向かう。

 

職業武道家なら、元旦からの稽古始めで良いだろうが、仕事を持っている人間の正月休みは貴重だ。族人・族党集まって、酒を飲み、一年の疲れを癒やす。

 

そして、明けて3ヶ日の最後に、若水を飲み、身を清め、ご神気をいただき、武舞を行じ、天神地祇を祀り、年明けからの里の行に備える。

 

古術の、この実直・朴訥とした文化が、年と共に分かるようになった。

 

山の行より、里の行と言うらしいが、全くその通りだと思う。里の行もつらい。その上、更に武道錬磨で、行を行わなければならない。

 

風門館の稽古始めは、例年、9日前後からだ。年末・年始は、それぞれの家庭や友人との付き合いを存分に楽しんでもらう。

 

職種にも寄るが、4日の仕事始めからは、みな、正月ぼけを治さないとやっていけない。

 

そして、明日の稽古始めからは、貴重な休日を武道錬磨にあてなければならない。

 

考えたら、かなり過酷だ。風門館は、ゆるい稽古を謳い文句にしているが、それは、あくまでも、護身や健康目的の人に限ってのことで、試合に出るとなると話しは違ってくる。

 

今年は、3月20日に、風門祭を予定している。古術で言うと「飛び梅の御更衣」になる。

 

この日は、日本拳法道の昇級審査も兼ねている。競技に出る人間は、1ヶ月前から酒を飲めない。また、試合が終わった後も1ヶ月酒は禁止している。

 

防具付きだからと言って、軽く考えていると大きな事故が起きる。防具は、安全性を担保するが、100%の保障などない。日本拳法乱取り競技法は、ポイント&KOルールだから、全力で撃ち合うので、けっこう頭にはくる。

 

頸椎への負担。脳への負担。これらを減らすためには、日々の稽古によるディフェンス力向上が必須となる。

 

また、攻撃は最大の防御と言うが、まさしく、そうである。自分が壊されたくなかったら、一秒でも早く相手を壊した方が良い。

 

怖いことを言うと思われるかも知れないが、競技とはそういうものだ。

 

ルールがあるが、逆に言えば、ルール内であれば、相手を壊しても罪に問われない。

 

それが、コートという戦場の怖さでもある。甘い考えのものは、コートの上の現実を知って去って行く。だから、人が増えないという現実もある。

 

風門館は、競技武道を専らとする道場では無い。しかし、40未満・茶帯以上で、大会NGは認めていない。

 

40歳以上は、本人の希望制だが、出しても壊れないと私が認めた人間しか出さない。社会人に取って、怪我が一番怖い。経験値・稽古量・技能。最低でも、その3点を満たしていない者は出さない。

 

過去、800教えたが、防具付きなのに大袈裟なとか、先生は、人をおどかす。とか言う人間がいつもいた。で、そういう人間が、どうなったかというと、試合の前日、怖くなってドタキャンしたり、大会に一回出て、後は知らん顔だったり。大会に出るのが嫌で辞めていったり。

 

若水之御更衣の縁起を書くつもりだったが、話しがそれてしまった。

頭の中は、3月の風門祭のことで一杯だ。特に、指導者として大会に選手を出すようになってからの方が怖くなってる。

 

雄々しく闘い、無事生還する。風門館も今年で、33年目になった。過去、私も含め、門人の一人も怪我人を出したことのないのが、私の自慢だ。

 

ちなみに、私のいう怪我とは、入院・手術をするような怪我という意味で、鼓膜が破れたりとか、歯が折れたり・あばらの骨折・指の骨折などは、基本、怪我のうちにいれていない。

 

最近の若い人と、私の常識が違うため、こういうことも、細かに書かなくてはならなくなった。昔は、あばら折れた人間の心配は、内臓に刺さってるかどうかであって、刺さってないと分かったら、後は、1本で良かったねとかが、普通に笑いながらやってたから、一般社会とは、やはり常識が違っていた。

 

しかし、我々の時代は、怪我には慎重だった。怪我をした場合。仕事場での顰蹙度はMAXである。その結果、職を失うケースもあった。

 

だから、稽古する。コートに上がる者には、資格がいる。コートに上がる前に自分との闘いに勝った者だけにその資格がある。

 

競技というのは、厳しいものだ。だから、価値がある。

 

明日は、福光谷の井戸水を用意するつもりだ。今年一年の無事を祈って。若水を飲み祈願する。

 

そして、風門祭に出るものは、雄々しく闘い。無事に生還する。そのために稽古する。それが、風門流の原点である。