風門館 大人のための護身教室 日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 公式ブログ

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護身についてのetc。<生兵法は怪我の元>論について。


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https://www.youtube.com/watch?v=cLChluPDOWg

 

護身についてのetc。<生兵法は怪我の元>論について。

 

護身について、語ると炎上するらしい。ネットは便利だが、うっとおしくもある。

 

護身について、我々、風門は、こう思うと言うことを述べて、反論されたとしても、答えようがない。考えが違うから、流派が違うのだというのが、私の持論である。

 

むしろ、考えも同じであり、技術も同じであって、流派が違うとなったら、何のために違う流派なのか?そちらの方が、異常ではないだろうか。

 

風門には、風門の考えがあってやっている。ネットで常に風門の考えを書いているのも、こういう道場ですよと言うのを知って、仲間になるものを探しているからである。

つまり、同志を求めるために書いているのであって、考え方の違う人と無理してまで交流する気は無い。

 

本題を書く前の、前置きが長いのが、私の欠点なのだが、面倒なトラブルは避けたい。しかし、同志は欲しいという難しいポジションにいるから、敢えて書かざるを得ない部分もある。

 

風門とは、何かを知った上で来てくれる仲間が欲しい、そこが、一番の目的だ。入ってからトラブルを起こされるより、入る前に、あらかじめ、知った上で入って欲しいというのが、我々の大事とするところである。

 

さて、本題に入ろう。

 

よく、護身において、<生兵法は怪我の元>と言われる。確かに、それも真実を含んでいるのだが、では、我々のような、週一回2時間が、精一杯の人間に、<生兵法>以上の稽古がそもそも出来るものかという疑問を、私は常々持っている。

 

また、<生兵法は怪我の元>だから、やっても無駄だと言うことになれば、我々のような市井に暮らす凡夫に、万が一の場合が起こった場合。黙って死ねと言うことになる。

 

無抵抗で死ぬか?抗って死ぬか?二つに一つの場合。抗って死ぬ道を選ぶ。

 

風門の<生兵法>修練の目的は、そこにある。

 

そもそも、<生兵法は怪我の元>と言う論の延長線上なら、全ての国防が成り立たなくなる。戦後、75年。一度も実戦体験のない自衛隊は、<生兵法だから怪我の元>と言って、廃止するのだろうか?

 

私には、それは、あり得ない。

 

それと同じように、万が一の場合。私は、無抵抗では死なない。必ず抗って死ぬ。

 

<生兵法>とは、どの程度を指すのだろうか?私が、武道を始めて、既に半世紀以上が過ぎた。持っている段だけでも、19段。アマとは言え、競技武道・格闘技のオープントーナメントに15本出て、公式他流試合だけでも、44戦をこなした。

 

現在63歳。今年から、年金生活だが、今週末から、元職関係で、午前中は、パートのリーマン生活が続く。そして、昼からは、自給自足的な生活を目指して、畑仕事を毎日やる。

 

休日は、雨天の日のみ。

 

生きていくだけで忙しい。その中で、週一回2時間。福智町武道館で、指導をしながら、凡夫のための有効な護身技術について研究している。

 

<生兵法>以上のものになるとは思っていない。それを承知で稽古している。

 

何のために。それは、明確だ。万が一の場合。無抵抗で死ぬより。抗って死にたいと考えているからだ。

 

<生兵法>しか、出来ない凡夫のくせに、己一身の尊厳を守るために、最悪。抗って死にたい。そう考える者が集まって、和やかに、楽しく稽古している。

 

大袈裟なことを言う割には、やってることはみみっちい。

 

私は、それでいいと思っている。

 

風門は、市井に暮らす凡夫のための護身修練の場として設けている。

 

それが、風門設立の本来の目的である。