風門館 大人のための護身教室 日本拳法道連盟・豊前福光派古術連盟 公式ブログ

田川・筑豊・北九州・行橋  護身術・日本拳法道・グローブ空手・総合格闘技・総合武道 風門館HP http://www5.atwiki.jp/wotoko/

芽吹く。再生の場としての風門について。2018・7・3


風門之儀2018 日本拳法道連盟 昇級審査会 inアクシオン福岡

https://www.youtube.com/watch?v=ATSXDC_DwvU

 

常磐丸初段の1級試験の時に書いたエッセイ。2018・7・3

 

武道の指導をして何が楽しいのか、時々、迷うことがある。

報われないことが多い。苦労も多い。金銭的にも利益を上げるどころか持ち出しの方が多い場合もある。

 

それでも、なんで30年近く、こういうことをやっているかというと、門中の成長を見るのが楽しいからだろう。確かな成長の一瞬。確かな芽吹きを感じたとき、心が震えるくらい嬉しい。

 

ここらへんの感性は、極めて農耕民族的だ。

 

畑に植えた種が確かに発芽瞬間を見るとき、その喜びは、何物にも代えがたいところがある。

 

そういうのに似てる。

 

常磐丸氏、実は、彼が中学の頃に知り合った。その後、互いに音信不通だったが、ネットを見ているときに、何かの拍子で、私が依然として、武道の指導をしていることを知ったらしく、1・2年、熟慮の上で、私の門下に入った。

 

以来、3年。よく叱り、よく可愛がった。そして、その成長を見届けて来た。愛弟子の一人である。

 

風門は、変わった道場である。一方で最も今風の打撃系総合武道である日本拳法道を主軸にしながら、道場の文化には、福光流の古色蒼然たるそれが息づいている。

 

まさしく、陰と陽なのだが、この一見矛盾した二つの流儀が、ある意味、護身実用という部分では、地場として共感しやすく、整然と棲み分け・同居が出来ている。ここらあたりは、私にとって最大の自慢で有り、貴重な宝の場所だ。

 

そういう風門にあっては、入会三ヶ月頃を経て、続きそうだなと判断したら、行者名を付けるという独特の風習を持っている。無論、古術由来だ。

 

彼には、常磐丸と名付けた。行者名を付けるのは守人の最大の仕事で有り、けっこう苦労する。これは、その者がやめない限り、基本、永久に使うために、三ヶ月間。稽古を見ながら、閃いたものを使う。

 

だから、古術の守人には、学識がいる。芸法が出来て、学識がいる。意外と難しい。

 

さて、話しを戻そう。行者名は、言祝ぎでもある。だから、最低でも、三ヶ月間。私の付き人をしなければならない。

 

その間に、その人となりを感じる。その上で、ふっと閃く言葉が出てくる。

 

それが行者名である。無論、本人には、意味を話し。了解を取り付ける。昔は、問答無用だったが、今は、個人の意志も大事なので、古術もかなり民主化している。

 

常磐丸。九州豊前香春福光谷に坐す貴船神社境内に屹立する大銀杏のイメージが閃いて付けた。

 

常緑樹で、永久に緑の葉を茂らせ、豊かなように。

 

彼も、挫折している。しかし、風門は、みな、何かに挫折した人間の集まりである。

私も、例外では無い。栄光と挫折。美酒も知っていれば、苦い酒も飲んだ。

栄光のあまり有頂天になっていたところから、地獄を味わうような転落劇を演じ、死にとりつかれた時期もあった。

 

そこを救ってくれたのが、武道で有り、何より、風門であった。

だから、私は、挫折を味わった門中にもう一度人生で闘う何かを与えたいと段位取得に拘っている。

 

日本拳法道の段位はゆるい。誰でも7段まで続けさえすればなれる。

しかし、一方で続くかというと続かない。

謎々みたいだが、<誰でも取れるのに誰でも取れないものってなあんだ?>

それが、実に日本拳法道の段なのである。

 

仕事との両立・家庭の事情。さらに、本人を苦しめるのは、何度もやってくるプラトー(高原状態)だ。

特に、後進に抜かれるときは辛い。それでも、諦めない。継続は力なりを最後まで信じ切れる者。

 

そういう人間に一つの証明書として渡すのが日本拳法道の段位だ。

だから、この簡単な段位を取る者が少ない。

突き詰めて言うと、単純に<痛い>

防具付きとは言え、フルガチである。体も、肺も痛い。

そのうえプラトーが襲ってくる。

 

そして、やればやるほど他流試合へと向かわなければならなくなる。

日本拳法道では、初段から4段が現役の<兵隊(最近は、こう言う言い方はしない。>だから、志願制とは言え、常に他流試合へのプレッシャーがかかりつける。

 

そこらへんの事情が分かってくるのが、1級を取った頃。つまり、初段を取ると言うことは、他流試合と言う戦場への志願と言う微妙な圧力を受け始めることだ知る。これも、実は、つらい。

 

ゆるいようで厳しい。全てが微妙なのだ。だから、逆に自分を責めることになる。

しかし、そういう諸々の事情があろうとも、それを受け入れ、流すなり、勝負を賭けてみるなりして、皆、成長していく。

 

私は、風門は、再生の場だと思っている。

何かで挫折した者が、魂の再生の場として、文字通り<身削ぎ>の行に励む。

そこから進めば、頭の片隅で、どこかに死を意識する他流試合という<覗き>の行を行う。

 

そういう擬死体験を経て、再生する。

 

その魂の輝きの美しさを知っているから、私は、先達として、山の登り方を教えてるのだと思う。

 

風門は、宗教団体では無いが、けっこう、発想的には、修験に似ている。

だから、私は、挫折して、もう一度立ち上がりたいという人間を一人でも救いたいと思い、風門を運営している。

 

金は、かからない。ただし、他力本願の人間を救う気は無い。

あくまでも、自力で、再生したいという人間の手助けをしたいと言ってるだけだ。

ゆるいようで、つらい。しかし、3年あれば、福智山程度なら登れる。

そういう人間がいるなら、訪ねてくるといい。

 

何でも他力本願の戦後70数年の日本の養殖魚的空気に私は反発している。

 

不登校でも、鬱でも、風門は受け入れる。ただし、他力本願の人間は拒絶する。

あくまでも、自力で山を。それも、アルプスとかではない。福智山とか・英彦山程度の山。

 

そこで、傷ついた魂の再生をしたいという人間がいれば、無理の無いよう、時間をかけ、緻密なメニューを組むことを保障しよう。

しかも、金はさほどかからない。ただし、再三繰り返すが、他力本願はお断りしている。

 

ある意味。風門から、戦後日本の他力本願風潮に対する挑発でもある。