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九州豊前香春 福光溜め池

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九州豊前香春福光溜め池
春の九州豊前香春 福光溜め池
 

この地元では、単に堤と称される何の変哲も無い池の

行政上の正式名称が、唯一<福光>の名を残す証となってしまった。

 
福光谷は、かなりの範囲で字<福光>なのだが、現在、字は公称できなくなっているために、この谷に、福光姓を名乗る一族が存在していたこと自体、いずれ痕跡も無く消えていくだろう。
 
名前を失った一族は哀れである。豊前福光党男系男子は、私以外にもけっこう人数いるが、古術の掟が厳しいが故に、私以外には、古術はおろか、我々が、まごうことなき福光党男系男子の末裔であることすら知らない世代に突入している。
 
12代目が、豊前香春を出奔してから、福光党の瓦解はすさまじかった。
 
あまりの落剥さに、12代目自身、驚きもし、責任も感じたという。
 
せめて、後世に、福光の名を残すために、それまで、極秘伝だった、<福光の手>に、豊前の名を冠し、福光派古術として後々まで残せと、14代目である先々代に遺した。
 
子供の頃、この池を左手に眺める、家の前の小高い墓場から、見える範囲の谷の全てが、福光の所領で会ったと誇らしげに語っていた先々代を、
私は、まあまあ、ほらだと思っていた。
 
しかし、地租改正以来、150年ぶりの境界画定の折りに、字図を見ることが出来、
おおよそ、先々代の手の広げ方と一致しているのに驚いたものである。
 
先代も、先々代もいなくなり、孤独に<福光の手>を守ってきたが、
我ら一族の血で購った芸法を一手でも後世に残し、
福光の名を、千歳の記念とせんとすべし、という強烈な意志を。
時として、もてあます。
デジタルな世の中だから、それも、かなえられると思っていたら、
ヤフブロが突然のサービス停止で、デジタルも、もはや永遠では無いと言うことを思い知らされた。
 
書物でも、家事・水害・山崩れに遭えば、あっけない。なるほど。ある意味。
<人づてに言づて>。これが意外と残すには確実なのかも知れないと思うところである。
 
また、この、<はてな>に疎開するにあたって、誤字・脱字は修正し、文章表現のおかしなところも加筆修正を加えている。
 
そう、天意だったのかも知れない。
 
それにしても、07年10月~19年2月までおおよそ11年と半年。毎日書いたわけでもないが、膨大な量にのぼる。
 
それを校正する。既に、一大事業となってしまった。視力が悪い私にとって、かなりしんどい作業だが、こと古術に関しては、まったく苦にならない。
 
先代も、先々代も、文字に遺すなと言いながら、けっこう膨大な手帳やノートを持っていた。
 
私は、手書きは嫌いだが、キーボードを叩くのは、苦にならないから、天が許す限り
足柄山の風魔とは、
全く無縁の九州山系の<風魔>の口承文化と手業を残していくつもりだ。