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相伝第七代目守人:吉次郎参之事

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今日は、古術の口承文化とは、どんなものか、そのまま載せてみたい。私の先代の研究によれば、平家物語とか、人形浄瑠璃、講談の類を盗用しながら創ったのではないかと言っていた。しかし、ここまで、完備すれば、一種の芸術であると言っていた。また、先々代は、学問がある人では無かったので、この伝承部分をそのまま、信じていた。従って、二人の仲は、時として悪かった。

 

古術を対象としてみる、他家の人と、古術の全てを信じ切っていた福光の血脈を受け継ぐ人との、そこがある種の境目のような気がした。それでは、古術歴代相伝者のことを語り継ぐ、
<武者振><魂捨><猪振>:<御振之伝>と呼ばれるものを、そのままに紹介しよう。

菅家七党、美作福光党の末、御山を奉じ、開祖福光三郎左衛門明正公以来の、
豊前福光党惣領にして、魂捨猪振るの道、鎌倉の古風を今に伝える流儀、豊前福光派古術、相伝第七代目守人、吉次郎さんのこと。

 

吉次郎、幼少のみぎはより、芸法を好む。その手、六代目父茂助より手習いす。香春岳山中を山駆け、武者振り良し。猿の木から木へ飛び移るを見て、芸法深奥を悟る。よりて、自ら琵琶の木々を駆けめぐり、軽身の術を極めん。

 

この吉次郎、十六の時、決然として立つ。時、奇しくも犬公方と呼ばれし、徳川綱吉の時勢、徳川譜代小笠原公、情けなくも幕府の命、ことさらに従順。もって、福光の里、山犬の類多し。一族被害多く、女子ども、犬に怯える。

 

吉次郎曰く、

<犬畜生より、人身軽く見るは、すでに徳川の天下、天意に非ず。我は一人たりとも
決然と立ち、日の本に武者のあらんこと示さむ。>

 

以来、月夜の晩になりては、必ず、手に鶏を持ち、山中に入る。おびき寄せたる、山犬を薙鎌にて斬ること、五十頭。芸法深奥に至る。

 

これによりて、唯一、<真剣手合い十人取>をせずして、七代目守人を継ぐ。

芸法得物、真伝はあるは、全て、この七代目吉次郎さんによる。
後の者、夢々、疑うことなかれ。けだし、魂捨猪振、武者の道悟りし人なり。

 

語彙・文法的には間違いもあろうが、こういう具合に、口承にて受け継がれるということである。

 

この形さえ知っていれば、細かいところは、後で直せるわけだから、こういう形を知ると言うことが、また、肝腎の物語を知ると言うことが、何よりも大切なのである。

 


いつも複雑な気分ですが。